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就職氷河期の心得<後編>

前回は、就職氷河期を迎えられる学生諸君らへ宛てた解説と助言だったが、
今回は、将来、新卒の時に氷河期に当たってしまうかも知れない小・中・高の学童の皆様に申し上げる。

学童の皆様が、氷河期に備えてやるべき事は、
第一に、“受験勉強”という無駄な事は止めて、国家資格や公的資格の勉強を始める事だ。
第二に、進学塾という無駄な所に通う事を止め、コミュニケーション能力を身に付ける為に接客関係のバイトと挨拶からキッチリ教えてもらえる部活動を経験しておく事だ。
第三に、公民、理科、数学など無駄な事を学習している暇があったら、ネット環境さえあれば自宅でも生計が立てられるスキル・・・すなわち、プログラミング、イラストレーション、WEBデザイン、ネットオークションやネット通販で販売できる手芸などを身に付けておく事だ。
学校の勉強は、三流大学に入れる程度に留めれば良い。

では、なぜ、受験勉強が無駄なのか?
なぜ、進学塾が無駄な所なのか?
なぜ、公民、理科、数学等の勉強が無駄なのか?


1.双子の兄弟

ある所に、双子の兄弟がいた。
兄の名は“一郎”。
大変な努力家で、小学生の頃から学校の成績は常に上位だった。
弟の名は“次郎”。
こちらは勉強嫌いで、学校の成績は下から数えた方が早かった。

中学では、弟の次郎は音楽に興味を持ち出し、ろくに勉強をしなかった。
逆に兄の一郎は、相変わらず勉学に励んでいた。学校から帰れば直ぐに学習塾に通い、日曜は家庭教師を呼ぶという有様で、遊ぶ暇もなかった。
隣り合わせの兄弟の部屋。
一郎の部屋の窓からは、夜遅くまで机の灯りが漏れていた。
次郎の部屋の窓からは、夜遅くまでJ-ポップのサウンドが漏れていた。

高校受験を迎えた時、次郎は中ほどの高校に入り、一郎は努力の甲斐あって名門高校に入学した。
高校生になると、次郎は好きなロックバンドのコンサートに行く為、資金稼ぎのアルバイトに励むようになった。
対し、一郎は名門大学を目指して、受験勉強に本腰を入れ始めた。より高額の進学塾に入り、土日は東大生を家庭教師に迎えるようになった。

さて、三年間まるで勉強をしなかった次郎は、進学を諦めて就職を選んだ。
その年、日本は好景気を迎えていた。
事業拡大の為に、中小企業と大手・中堅企業の求人倍率が逆転し、大手・中堅企業による新卒の取り合いが始まった。
次郎は、中堅企業の高卒枠を一社受けた。形だけの面接試験を受けただけだったが、募集定員が下回っていた為、アッサリと内定をもらえてしまった。
この調子で、次郎は中堅企業を五社回り、四社から内定を受けると、その中で一番給与の良い会社に就職した。
次郎が受けた待遇は、初任給20万。ボーナスを含めれば、一年目にして年収300万以上を約束されていた。昇給を重ねれば、最終的には600万を軽く越える予定だった。

一方、進学を選んだ一郎は、複数の大学に合格し、一番名門の大学に入学した。
一郎は、次郎を見て思った。
「高卒の次郎ですら中堅企業に入れたんだ。名門大卒のオレなら、一部上場企業は固いな」

一郎が大学二年目を迎えた時、日本の株市場が暴落した。好景気は終わりを告げ、不況の波が訪れた。
だが、一郎は少しも心配していなかった。高卒の弟ですら、中堅企業に入れたのだ。名門大の自分なら、不況下でも大手に入れるはずだ。
やがて三年生になった一郎は、秋採用に向け、意気揚々と就職活動を始めた。
狙うは、大手のA放送局、B銀行、C出版、D商社、F工業だ。
しかし、A放送局とB銀行とC出版ともに人員削減に力を入れ、求人を停止していた。
D商社もF工業も、求人数が十分の一にまで落ち込んでいた。

弟が就活をした年のA~F社の求人総数は7000人で、面接を受けた学生は6000人だった。ほとんど全員が内定をもらっていた。
対し、今年はD・F社のみで求人総数55人。D・F社の面接に訪れた学生は20000人。希望していた企業の多くが求人を停止していた為、1社に訪れる学生の数も一桁ほど増えていた。
一郎は、大学入試をはるかに上回る競争率の中、D商社のSPI適性検査で落とされ、F工業に至っては二次面接の時にネクタイの歪みを理由に落とされた。
困り果てた一郎は、かつて弟が内定をもらった四社の中堅企業を受ける事にした。
「高卒の次郎が内定をもらえたんだから、オレも入れて当然だ」

所がどうだろうか?
次郎の時は、形式的な面接一つで済ませていた企業が、ここでも学生を振るいに掛ける為に、面接だけでも三次まで用意していた。
しかも、面接ではコミュニケーション能力を徹底的に審査し始めていた。
わずか五分程度の面接の間に自己アピールを行い、面接官に好印象を与える・・・・学校でも塾でも学んだ事がなく、この学歴や学力では補えない分野に一郎は苦戦した。
ましてや彼は、勉強一筋で生きてきた為に社交性自体が不足していた。
結局、その後も数社を回ったが、一郎は秋採用の段階では一つも内定を取れなかった。

やがて夏採用を迎えると、一郎は大手を諦めて中小企業を回りだした。
「中小なら、学歴さえあれば何とかなるはずさ」

だが、一郎と同じく大手に入れなかった高学歴が、夏採用では大挙して中小企業に押し寄せていた。
もはや、中小企業に取って高学歴の新卒は珍しくは無く、学歴の高低はほとんど重視されなくなっていた。
中小企業でも、面接を三次まで設ける所が増えていた。面接試験だけで済ませていた企業も、筆記試験やSPI適性検査を設けだしていた。
相変わらず面接一本で済ませる企業もあったが、学歴が通用しない中では、学力を活かせる筆記試験がない分、却って攻略が難しくなっていた。

その年の就職シーズンが終了した時、学生の多くが50社以上受けたにも関わらず、内定通知書を得る事ができた者は半数に過ぎなかった。
内定を取れた者も、そのほとんどが中小企業止まり、ブラックな会社に入った者も少なくはなかった。
卒業式を終えた時、一郎も多くの学生たち同様、蒼白な顔色のまま校門を後にした。彼の鞄の中には、卒業証書はあっても内定通知書はなかった。
この“超氷河期”は、三年間続いた。

卒業後、フリーター生活を余儀なくされた一郎は、スーパーでアルバイトをしながら、就職浪人を続けた。
「高学歴なんだから、景気さえ回復すれば」

三年後、ようやく景気が好転すると、一郎はハローワークに訪れた。
だが、中途採用を設けている中小企業を十社受けたが、彼は書類選考の段階で落とされてしまった。
既に25歳に達していた一郎は、職歴の不備を理由に、企業から相手にされなかったのだ。
面接をしてくれたある企業は、公然と言い放った。

「君は、名門の○○大を出てくる癖に、フリーターなんぞやってたのか?」

卒業してしまえば、学歴の価値などほとんど失われてしまう。
ハローワークの募集要項に高卒以上と明記されていても、大卒の方が高卒よりも優遇されるという事は余り無い。
たとえ名門大学卒でも、25歳を越えれば職歴の方が重視される。そして、非正規労働は職歴にはなりえない。
職歴のない一郎が就職できる所は、もはや弱小の中小企業か零細企業しかなかった。

一郎は仕方なく零細企業の面接を受け、五社目にして、ようやく地元の小さな警備会社に就職した。
月給は手取りで14万。ボーナスも一応支給される為、年収は200万弱はあった。昇給を重ねれば、最終的には300万近くは行くらしい。

一郎が就職すると、弟の次郎は喜び、彼を行き付けのバーに連れ出して盛大に祝った。
帰りの終電の中、次郎は社会人の先輩として、一郎に社会人としての心得を熱心に語った。
この時、学習塾に通う塾生と塾講師が乗り合わせていた。彼らは、兄弟の話しに聞き耳を立てていた。
やがて兄弟が下車すると、講師は塾生に向って言った。

「さっきの兄弟の話を聞いたか?弟の方は○○社で働いてて、兄の方は零細の警備会社だそうだ」

塾講師は、諭すように続けた。

「弟の方は一生懸命勉強して努力したからこそ、今は一流会社に勤めているんだ。対して、兄の方は子供の頃に全然勉強しなかったからこそ、あんな仕事にしか有り付けなかったんだ。きっと兄の方は中卒なんだろう。お前らも、あの兄さんみたいになりたくなかったら、一生懸命勉強するんだぞ」



[ 解説 ]

この兄弟の話は、私の全くの妄想ではない。
兄のモデルが、2000年から2005年度卒の新卒の姿であり、弟のモデルが、まさに2007年から2009年度卒の新卒の姿である。

日本は新卒主義の社会だ。
大手・中堅・中小企業は新卒を中心に採用する。
好景気を迎えると、企業は事業拡大の為に人手を欲し、新卒の取り合いを始める。採用基準を甘くし、好条件を用意し、低学歴にも門戸を開く。
その為、好景気の年に新卒だった者は、努力せずとも簡単に大手に入社できてしまう。
逆に不況を迎えると、企業は一斉に求人を停止する為、その年に新卒だった者は名門大学を出ていても、就職自体が困難になる。

氷河期に歓迎されるのは、高学歴ではなく、即戦力として使えるスキルを持つ人物だ。
人選が厳しくなる氷河期の面接で勝ち抜けるのは、高学歴よりもコミュニケーション能力の高い者、次いで“運の良い者”だ。
(たかが五分程度の面接で、人間の能力を見抜ける面接官などいない。不況下、私が派遣された中堅企業で新卒を募集した事があった。仕事内容は、支部での簡単な物流業務であった為、高卒が対象だった。40人ほどの高卒が訪れ、うち、二人が受かった。その二人と私は一年ほど一緒に働いていたが、片方の子は、芸人のエスパー伊東氏なみのヘタレな子だった。運さえ良ければ、そんな子でも中堅企業に入れたのだ)

これは一つの事実を示している。
すなわち、“勝ち組”になれるか否かは“新卒の時の景気次第”、“運次第”だという事だ。

高学歴が低学歴よりも有利になるのは、景気が正常な年の、しかも“新卒”の時だけに過ぎない。
学歴など、卒業してしまえば価値は半分以下にまで落ち込んでしまう。25歳を越えれば、学歴よりも職歴が重んじられる。東大卒でも無職で三十を越えていれば、「東大でてる癖に、その歳で無職か?」と馬鹿にされるだけだ。

これが、受験勉強が無駄であり、学習塾が無駄な所だと言う根拠だ。
学校の教師、塾の講師は、経済・雇用問題とは別の世界の人間だ。彼らは社会の仕組みなど丸で知らない。単純に『努力した者=勝ち組』『努力しなかった者=負け組』という二元論で社会が構成されていると思い込んでいる。
だからこそ、未だに受験勉強などというまやかしを奨励している。

学歴よりも大事なのは、国家資格だ。
国家資格は、超氷河期の吹雪をもろともしない。たとえ就職先がなくとも、資金さえあれば自ら開業もできる。学歴は新卒の時にしか効果を発揮しないが、国家資格は一生ものだ。
その次に大事なのは、簿記などの公的資格だ。一から仕事を教える必要のない人材は、氷河期はとくに歓迎される。
勉強熱心な学童諸君は、受験勉強よりも国家資格や公的資格を習得する為の勉強に切り替えられるべきだ。
(ただし、ハローワークでは、大卒の方が高卒よりも選べる仕事が増える為、三流大学程度の学歴は持っておいた方が良いかも知れない)

もう少し、例え話を続けよう。



2.社会では役に立たない学力


一年後、生活苦から一郎は離職した。次郎は一郎を哀れに思い、自社で人手が足りなくなった時に上司に兄を紹介した。一郎は、次郎の計らいで、面接を受ける機会を得て奇跡的に中途入社をはたした。
一郎は、さっそく次郎と同じ事務職を任された。
「大学では情報処理も履修していた。しかも大卒のオレなら、次郎よりも仕事はできるはずだ」

だが、その思惑は外れ、一郎は一向に次郎に適わなかった。
当然の事だ。
一郎が社会人としてデビューしたのは、大学を卒業した22歳。
次郎が社会人としてデビューしたのは、高校を卒業した18歳。
スタートラインに立った時点で、既に四年ものキャリアの差が生じている。
大学で情報処理を履修していた所で、フルタイムで事務の仕事に携わってきた次郎に適うはずがなかった。
「でも、計算力や国語力は、オレの方がはるかに上だ。ここで差を付けれるはずだ」

一郎は、三桁四桁の掛け算を暗算でできた。次郎は、二桁の足し算すら苦手だった。
一郎は、漢字検定を受ければ一級を取れるだけの国語力があった。次郎は、漢字検定3級程度しかなかった。
だが次郎は、それらを電卓とPCの「辞書機能」を使って難なく補っていた。
この点で、二人の間に差が生じる事はほとんどなかった。

数年後、営業の人手が足りず、二人は事務から営業に回された。
高校時代から接客のアルバイトを経験していた次郎は、先輩のわずかな指導だけで無難に営業をこなし、業績を上げた。
対し、勉強一筋で生きてきた一郎は、先輩に一から教えてもらわねばならず、ここでも次郎に遅れを取った。

ここに至って、一郎はようやく気づいた。
自分の頭の中にある知識(国語、地理歴史、公民、数学、理科、英語など)の内、仕事で必要とされるものは、わずかに過ぎない事を・・・・。
事務の仕事をこなすのに、高等な数学は必要ない。算数と中学レベルの関数が出来れば良い。
書類を書くのに、難解な古典を理解できるほどの国語力は必要ない。PCの時代、漢字は書けずとも読めさえすれば良い。
年号や歴史上の人物を全て暗記し、化学式や元素記号を全て覚えていても、営業職に就いた時に顧客を沢山取れるなどという事は有り得ない。
大学生活で情報処理を履修した所で、フルタイムで働きながら実地で学んできた高卒には劣ってしまう。

一郎が今まで努力して身に付けて来た知識が、仕事ではほとんど役に立たなかった・・・・。

まもなく一郎は、高卒の弟よりも劣る事を同僚からバカにされるようになった。
学校では好成績を修め、今まで他人から尊敬されてきた一郎に取って、それは初めての体験だった。
ショックを受けた一郎は、退職し、以降家に引きこもってしまった・・・・。



[ 解説 ]


世間の認識では、人の能力の順は、

一流大卒 > 二流大卒 > 一流大卒 > 高卒

という事になっているが、これはあくまで学業の能力順であり、実社会の能力順にはなりえない。
派遣社員の中には、様々な学歴の方がいる。
私は今まで様々な業種で働き(2006年以降は、製造業が中心になったが)、様々な学歴の同僚と一緒に働いてきたが
実社会での能力順は、同い年の場合、大抵、

高卒 > 一流大卒 = 二流大卒 = 三流大卒

だった。
なぜ、こうなるのか?
その第一の理由は、高卒と大卒の間には、四年のキャリアの差がある為だ。
大卒は22歳で社会に出て一から学び始めるが、高卒は18歳で社会に出て一から学び始める。
そう、大卒が新人の時、高卒は既に一人前の社会人なのである。
大学で自堕落な生活を四年も続けていた人間と、社会人としてフルタイムで四年も働いてきた人間では、後者が勝って当たり前なのだ。

しかも大卒は、酒、煙草、女、麻雀、競馬、パチンコ、合コンなど余計な事を覚えてきている上に、会社の同僚よりも大学の悪友との付き合いを優先する為、会社に溶け込む速度も遅い。
対し、高卒は余計な事を知らない者が多く、会社の先輩がそれを教えてやる事になる為、会社に溶け込む速度も速い。
新人に仕事を教える際でも、中途半端な大人の大卒よりも、まだ子供である高卒の方がはるかに扱いやすかった。

第二の理由は、大卒は高卒よりも知識が豊富だが、その知識の多くは実社会では何の役にも立たない為だ。
もし、中学高校の教科が、修辞学、会計、税務、経理、簿記、接客、人事、資産運用、手芸品・作成販売、個人事業開業と経営、一次産品の生産から販売、各種行政上の手続きの方法など、そのまま仕事に直結するか、社会に出た時に役立つ内容で占められているのであれば、
学力の高さは、イコール実社会での能力の高さに繋がるだろう。
だが、学校の教科の大部分は、“一生役に立たない”ものだ。
(美術の授業も、資材の仕入れから手芸品の作成・販売まで教育してくれるなら役立つが、ただ“描かせ造らせているだけ”だ)

これは例えるならば、戦場におもむくサムライに、馬術も槍術も組討も教えずに、和歌や茶道や生け花を教えるようなものだろう。
幾ら素晴らしい和歌が謳えようと、幾ら素晴らしい茶を点てられようと、幾ら素晴らしい花を生けられようと、そんなものは戦場ではまるで役に立たない。
風流に秀でているからと第一陣を任された所で、旗の見立ても分からず、法螺貝の合図も聞き分けられず、足軽雑兵の槍すら防げない。
今の教育は、まさにそれと同じだ。

むろん、大学では専門的な事を学ぶが、最低124単位を習得する為に“役に立たない科目”も多く履修せねばならない。
役に立つ科目でも、一単位につき48時間しか講義がなく、会社で毎日フルタイムで実地に学んでいる高卒には遠く及ばない。
しかも多くの学生は、単位を取る為の最低限度の勉強しかせず、テスト前に講義ノートを購入して一夜漬けで済ませたり、出席を取らない講義をサボったり、出席日数を稼ぐ為に出席だけして講義を聞かなかったりと、好きなだけ手を抜き、ほとんど何も身につけずに卒業している。

中学高校時代に一生役に立たない科目を一生懸命に学び、大学でも役に立たない科目を多数履修しながら一単位に付き48時間程度の講義を聞くだけで過ごした者たちが、
なぜ、実社会で高卒よりも“確実に有能だ”といえようか?


前述の例え話の一郎のように、
学校では優等生として扱われていた者が、会社では自分の能力が通用せず“無能”の烙印を押されることなど珍しくはない。
自分よりも低学歴の同僚からバカにされる事にショックを受け、会社勤めが嫌になる者もいる。高学歴の身で、離職して引きこもった者は、大抵は、これが原因だ。

あなたが、たとえ就職氷河期を突破し、緑の陸地にたどり着けたとしても、その緑地を上手く開墾する事ができず脱落する事だって有り得るのだ。
再就職が困難な氷河期に脱落してしまえば、吹雪の中にさ迷い、遂には氷の洞穴の中に引きこもる事を余儀なくされる可能性が高い。
そういった事態に陥らぬ為にも、学習塾で無駄な事を学ぶよりもバイトなどを経験して、少しでも社会に慣れておいた方が良い。
冒頭で、ネット環境さえあれば自宅で生計が立てられるスキルを身に付けるべきだとも述べたが、これは“引きこもり”という最悪の事態に陥った時の為の保険である。

<前編に戻る>





ラブアゲイン



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Re: 役立つのか?

Chic Stoneさまへ。


>ただ疑問も出ます。「資格で食えるのか」です。

司法書士・公認会計士・税理士・行政書士などの国家資格は大概食えます。
でも、弁護士は、司法書士などに仕事を取られてしまい、低所得の人が増えているそうです。
また、同じ国家資格でも、介護福祉士は食えないですね。
派遣仲間に、介護の資格持っている奴が一杯いますが、みな、「介護報酬じゃ、生活できない」と言っています。

簿記などの公的資格は、取っておけば新卒の時に就職で有利になります。



>またアルバイトの経験が本当に社会で役立つのか、というのも重大です。

もちろん、職歴にならん為、就職の役には立ちません。でも、仕事をする上では、非常に助かるんですよ。
事務関係のバイトなら、学校で情報処理を履修せずとも、エクセルの使い方とかバイト先で教えてもらえますからね。
特に、接客関係のバイトは、

①愛想の良い物言いと言葉遣い
②来客を常に優先しつつ、複数の仕事をこなすノウハウ
③領収書の書き方
④冠婚葬祭に関する基本的な知識

などが身に付く為、コミュニケーション能力を磨く為の必需品です。
(店長がいい加減な人だと、何も指導してもらえず、何も身に付きませんが)

それに社会人になると、
『上司』『一回り年上の先輩』『来客』など、学校には存在しなかった人たちを相手に過ごさねばなりません。
また、学校ではテストの点さえ良ければ優等生で通ります。が、社会人になれば“コミュニケーション能力”“仕事を効率良くこなす能力”“上司・部下、他部署とのスムースな伝達能力”など学生時代とは違った能力が求められます。
さらに、これに“義務感”と“責任感”が付属します。
学生時代から盛んにバイトしていた子は、こういうのに慣れている為、どうという事はないんですが・・・・
バイト経験がない子は、この環境に着いて行けずに初めの数年間は物凄く苦労するものなんですよ。
せっかく新卒の身で就職できても、これに耐えられず辞めちゃう子ってのが、毎年いるんです。
(特に、ゴールデンウィークが明けると、会社に来なくなる子が結構います)
社会人になった時に苦労しない為にも、学生の内から盛んにバイトを行って、慣れておいた方が良いと思います。


>あと、同じ勉強でも理系の勉強は社会で役に立たないのでしょうか?

理系の業種は、基本的に人手不足ですので、就職では文系よりも有利になります。
でも、仕事をする上で役立つかどうかですと、役に立たないケースもあります。
なぜなら、不況時代は、希望職に就く事が困難ですから。
せっかく理系を出ても、就職難で、やっと就職できた所がトラックの運転手とかだったら、せっかく学んだ事がぜんぜん役に立ちません。
それに、30代半ば以上の理系出身の人は、学生時代に学んだ事が今余り役に立たなくなっています。
何しろ、この年代の人たちが学んだ理系は、全て“アナログ”です。パソコンやデジタル化された道具の扱い方は、大学で学んでおりません。
特に、デジタル化が進む前に失業して、派遣に流れてきた理系出身者の中高年は、紙とペンを使った事務は出来るが、PCの扱い方は知らないって人が多いんですよ。

理系の技術は、常に進歩しております。学生時代に学んだ技術が、機械化・デジタル化されてしまった為に、役に立たなくなってしまうケースがあるんですね。
でも、文系よりも就職は有利である事は確かです。

No title

お友達の野上幸雄さんが
捕まりましたよ。なんか差し入れしたらよいと思います。
お次は砦の番人さんおまえさんですからね、そのときのためにも
差し入れしてくださいね。
WWWWwwww藁

>煽り扇拝

野上氏は、五年前に、我々レジスタンスとの信頼関係を踏みにじったご仁に候。かのご仁の友人は有○館氏なり

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