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狂人の独り言

家族を養わない父の元で育った・・・。
家には、母と祖父らのわずかな収入と菜園があった。だから食べる事に困るほど貧しくは無かった。
でも、人並みの家庭に比べれば、常に何かが不足していた。

子供の頃、友人たちがお菓子を買っても、お金のない私は黙ってそれを見ているだけだった。
けれど、惨めだとは感じなかった。
今だけだ。大人になれば、手に一杯あふれるくらい買えるようになるんだ。
そう、思っていた。
あの頃は、自分の将来については、何も悲観していなかった。
いや、悲観していなかったというよりも、将来というものが遠すぎて何も想像できなかっただけだろう。

問題の多い家庭事情から、小学生時代が一番辛かった。
でも、その分、学校では陽気で人気者でいられた。辛いことは全て、友人たちと日々を楽しむ事で発散していた。
小学生時代が、一番辛くて、一番楽しい時代だった。
長らく・・・私に取って過去の思い出といえば、その頃を指していた。
でも、三十を越えた今では、それすらも記憶から薄れつつある。

子供の頃は、どんなに沢山友人を作っても、「卒業」というたった一日の行事によって、積み上げた交友関係が分断されてしまう。
小学校で一度、中学校でも一度、高校でも一度、大学でも一度。数年ごとに、この行事によって分断されてしまう。
社会人になり、派遣でひたすら働くようになってからは、「契約切れ」「解雇」という二つのイベントによって、定期的に交友関係は分断されてしまった。
三十を越えた今、周囲を見渡してみれば、子供の頃は沢山いたはずの友達が一人もいなくなっていた。


いいや、違う・・・。
友人がいなくなったのは、そんな最近の話じゃないだろ?
もっと昔だ。
学生時代・・・少なくとも学生時代は友人がいたよな?
いや、確かに親しい奴はいた。でも、一緒に遊びに出かけた事があったか?
一緒に買い物に行こうという話、大阪の某地区を案内してくれって話・・・・何度かあったけど、どれもウヤムヤで終わってるよな。
大学の中でだけ親しいってのは、そりゃ友達とはいえないだろ。
じゃあ高校時代から?
あの頃は、中学の卒業間際に経験したトラウマが原因で、人とまともに交信すら出来ない状態だった。でも、もう少し前だ。
中学時代?
この頃はいたよな。毎日毎日、語り合い笑い会える友達が。三年生の時だっけ?
でも、学校以外でも付き合った事があったか?
あの頃は、まともな私服も無く、出歩くこと自体避けてたじゃないか?
もう少し前だ。中学一年の時の夏休みだ。
あの時だ。些細な事で友人らと喧嘩し、絶交してから・・・・。
そうだ。あの時からだ。
一緒に出かけて遊べるような友人は、あの時からいなくなったんだ。

中学一年生の頃。たった一度の絶好の為に、夏休みが明けた時にはクラスには話し相手がいなくなっていた。
少し・・・いや、直ぐにカナリ気がおかしくなった。
あの時、知った。
人は、一人でも友人がいなければ、生きていけない事を。
でも、一年ほど経った時に気付いた。
いや、独りになっても、人は生きていくだけならば何とかなると・・・。

中学から高校に掛けての六年間。この六年間の記憶が、私には余りない。
楽しい時期を部分的に挟みながらも、大部分を独り寂しく過ごした為に、記憶すべき事が余り無かったのか?
それとも、思い出したくないだけなのか?
嫌な思い出が多いのか・・・?
いや、少なくともイジメだとか、そういうのは経験していないはずだ。うん。
ただ、明るく過ごせるような日は、一日もなかったように思う。
あの頃は常に薄暗かった。薄暗いってのは視界の事だ。
“紗”が掛かったように、世の中が薄暗かった。
これは比喩表現じゃない。物理的な意味で、自分の視界の中に写る世の中の“明度”が本当に落ちていた。
時たま、どういう脳の作用なのか・・・この“紗”が唐突に外れる時があった。
突然、視界の明度が上昇し、辺りが明るくなる。見上げれば、狭かったはずの空がずっとずっと広くなっていた。
でも、脳は気まぐれだ。ひと時の奇跡を見せてくれても、直ぐにシャッターを勢い良く下ろすように、視界は元に戻ってしまう。“紗”の掛かった薄暗い視界に。
こういう時、改めて実感した。やっぱり自分の見える世界は、他人よりもずっと見通しが悪くて狭い世界なんだと。


高校時代。一週間に一度くらいの割合で、急に精気と活力が全身から抜け落ちてしまう、不思議な症状を体験するようになっていた。
ただでさえ“紗”の掛かっていた辺りの風景が、深刻なくらいもっと暗くなる。激しい虚脱感がどこからかやってきて、その場に立っているだけで手一杯になる。
いつの間にか、この症状を「ブラックアウト」と呼んでいた。後に、大学の図書館で「人は極度のストレスが溜まると、脳が酸欠状態に陥る」という記述を見た時、ようやく不思議な症状の正体を知る事ができた。
やっぱり、「ブラックアウト」のネーミングは間違ってはいなかった。
でも、小学生の頃も、似たような事はなかったか?
あったよな?急に五感が麻痺する事が。クラスの喧騒が急にラジオの雑音みたいに聞こえて、周囲の風景が壊れたテレビのモニターみたいに狂い出す事が。
あれは心身症が原因だったっけ・・・?

高校の三年間を終え、大学に進学すると言った時、先生は「うちの高校から大学行く奴はいない」と相手にしてくれなかった。
だから大学に受かっても、別段、学校に報告しようと思わなかった。
休み明け、学校に登校した時、クラスの何人もの連中が驚いたような顔で私を迎えた。
「○○!お前、大学受かったんだってな!」
それほど驚くことか?
他所の高校なら普通の事じゃないか・・・。
そういえば、先生に「何で報告しなかったんだ!通知きて始めて知ったんだぞ」と叱られたっけ。

学生時代は、とにかく忙しかった。
バイトに部活。でも、勉学の方は熱心じゃなかった。サボれる講義はサボって、大学のデッカイ図書館に入り浸ってた。
大学の四年間で、一番ためになる事を与えてくれたのは、教授でも、教科書でもなく、図書館だった。
沢山の本が一階にも二階にも三階にもビッシリと並んでる。図書館の事だけ思い出せば、大学生活は充実してたって言えるかも知れない。

四年間の学生時代を終えた時、ようやく巣立てる時が訪れたと思った。
六年間の小学時代。三年間の中学時代。同じく三年間の高校時代。そして、四年間の大学時代。
ようやく、羽ばたく為の練習を終えた気がした。
父には養ってはもらえなかった。
でも、これからは自分で自分を養う事ができる。
生まれ出でて22年目にして、ようやく自分の人生が始まるんだと思っていた。
でも・・・。
200×年。仮想世界に設けられた一つの掲示板が、旅立ちかけた私の“時”を止めてしまった。





あの当時、何が起きたのか分からなかった。
ネットを始めたばかりで、ただ、幾つかの某社の公式掲示板に顔を出してただけだった。
でも、どういう訳か某社の関係者という事にされ、2chで祭り上げられていた。
自分のPCを持っていない身では、ネカフェから確認するしかなかった。
毎日、ネカフェのカウンターで、蒼白な顔色で会員券を見せる。席が取れ次第、直ぐにPCを立ち上げ、何度も何度もトンデモない事になっている自分の状況を確認した。
祭り上げられた期間は、ほんのわずか二ヵ月程度だったけ?いや、もっと短かったか?
でも、そのわずかな期間が、私の二十二年間待ち続けた人生のスタートを・・・歩み出そうとした“時”を・・・羽ばたき掛けた両翼を・・・止めてしまった。

祭りが終わっても、被害を受けた最初の一年間は、まともに出歩く事もできず廃人のように日々を送った。
たった一つのサイトが原因で、何もかもが無茶苦茶になってしまった。
ようやく飛び立てると思ったのに、羽ばたいたそこには、空はなくなっていた・・・。
なぜ、あんな事が起きた?
何度も、自分が悪かったんだと言い聞かせた。
「初心者の癖に、PCの事を知ったかぶってただろ。あれが原因だ」
「バカにされた時に、悔しくて虚勢を張っただろ。あれが悪かったんだ」
「webの事を良く知らずに、他所の掲示板に間違って返信したりしてただろ。ああいう、ドジをやってたからだ」
何度も何度も自分に言い聞かせた。
でも、どうしても納得できなかった。
なぜ、集団でストーキングしてた連中は、私の名前や交友関係を知っていた?
メーリングリストの一部の友人らしか知らなかったはずの事を、なぜ奴らは知っていた?
やっぱり、中傷していたのは、友人たちじゃないのか?
そういえば、あの時もネットで知り合った友人らを疑い、責めたんだった。
「じゃあ、そういう事をしたから、2chネラーに目を付けられ中傷を受けたのか?」
いや、それじゃあ順序が逆じゃないか・・・?
それに何よりも、あれほど酷かった中傷とストーキングが、自分が某社と無関係だと分かった途端、どうして示し合わせたようにピッタリと止まってしまったんだ?
大勢の人たちが、自分を「希代のバカ」に認定してストーキングしてたはずだろ?
なぜ、一斉に中傷が止んだ?

奇妙で、不可解で、ずっと胸の内から消えなかった。ずっと、その事で悩んだ。
でも、自分の心を砂丘に変えたのは、その事が原因じゃなかった。
人が、匿名という陰に隠れた時、陰険で卑怯な生き物に変わってしまうという事にショックを受けたんだ。
大の大人たちが、ものの通りも限度も知らない子供よりも・・・・悪質な中傷を好むという事実が信じられなかったんだ。
極度の人間不信が・・・・重い鎖となって心を捕らえて、私を一年間も廃人のように過ごさせたんだ。
人ってものが、誰も信じられなくなっていた。
でも・・・本当に、人は匿名になっただけで、限度も無く中傷やストーキングを好むものなのか?
一言一言を逐一取り上げ、無理やり中傷を付けていたじゃないか?
まるで怨みを持つ者が、計画的に復讐相手を追い詰めようとするかのように。
そんな手の込んだ中傷を、普通の人が何時間も何日も掛けてやりたがるものか?

一年が過ぎ・・・二年目も過ぎた時、時の流れは、“時”が止まった自分の歯車を少しずつ少しずつ動かしてくれていた。
立ち直り、自分のPCを購入し、私はネットに戻った。
二年前の被害は、全て自分が招いたものだ。全て自分が原因なんだ。だから2chを目の仇にしたりはしない。自分も一住人として溶け込もう。
そう思っていた。

そう思っていた・・・・余計な検索さえしなければ、今頃2chの一住人に納まっていたかも知れない。
けれども私は余計な検索をしたばかりに、出会ってはいけないものと出会ってしまった。
それは閉鎖されたwebのキャッシュに残されていたある人の日記だった・・・。
彼は日記の中で、2chの裏話を書き綴っていた。プロ固定の存在について触れていた。その手口を紹介していた。
日記を読んだ時、しばらく愕然とし、ディスプレイの前から動く事ができなかった。
もし自分が被害を受けていなければ、それは変人が書いた妄想だと片付けていた事だろう。
だが、被害を受けた自分は、それを妄想として片付ける事はできなかった。
彼の日記に記された手口も手順も、自分が受けた被害の内容そのままだったんだ・・・。
何から何まで全て同じだ。
なぜ、他人の一言一句を取り上げて中傷を行う人々がいたのか?
なぜ、怨みもない相手に計画的な中傷を行う人々がいたのか?
なぜ、無関係だと分かった途端、一斉に中傷が停止したのか?
その時、胸の内から消えなかった不可解で奇妙だった感情が、音を立てて散って行った。
「そういえば、あの時は自分以外にも、あの某社の関係者だと思われてた人は全員被害受けてたよな・・・・」
思い返せば、改めておかしな部分が多かった事に気づく。思い返せば思い返すほど、人為的に起きた事件だったと思えば、全て辻褄があってしまう。
「そういう事だったのか・・・・」

そして間もなく・・・2chの過去ログの中に、二年前の自分の“時”が凍り付いたまま残されている事を知った。
削除依頼を出した。もちろん、却下だった。
“時”を解放しなければ、動きかけた自分の歯車を安心して動かして生きる事はできない。
自分の“時”を解放する為に、私は“下らない活動”を始めた。
その下らない活動を始めてから、遂に五度目の正月を迎えてしまった。
結局、自分の“時”は今日の今日まで、七、八年間止まったままだ。


子供の頃からやっていた“物書き”の趣味。三十になるまでに文章力を鍛えて、三十代からどこかの賞に少し挑戦してみようと思っていた小さな楽しみ。
沢山書きかけていた作品。“下らない活動”を始めてからは、どれも未完のまま放置した。
部屋の片隅で、古いワープロの隣に無造作に積み上げられたフロッピーディスク。このどれかの中に、多分まだ眠っている。いや、もう劣化して消えてるかも知れない。

この五年間、仕事に行き、帰宅すればPCの前に座る事の繰り返しだった。いや、資料を探す為に、図書館や古本屋にもちょくちょく通ったっけ?
世の中の流れから外れ、一人、下らない活動の為に人生を浪費し続けた。
自分の知らない所で何かが流行し、自分の知らない所で何かが社会現象となり、自分の知らない所で何かが廃れる・・・。
自分の“時”が止まっている事は頭では分かっていても、実感はなかった。自分の知らない所で、世の中が変化して行く事も気にはしなかった。
全てが終われば、全部、取り戻せるように思えていた。

子供の頃、アニメが大好きだった。
でも、1991年のバブル崩壊で、コスト削減の為に日本アニメが海外にアウトソーシングされるようになると、アニメが大嫌いになった。
海外の人々の手で作成された日本アニメは、「作画崩壊」という新語を私の教えてくれた。
そのアニメも、私の知らない間にクオリティーを取り戻し始めていた。
この八年、自分の知らない所で、自分の知らないアニメが流行し、何度も社会現象まで起きていた。
「よし、全ての活動が終わったら、この数年間に流行ったアニメを調べて、DVDを一杯集めてゆっくりと楽しもう」
“時”は止まっても、後から取り返せると思っていた。


先日、下らない活動を始めてから五度目の元旦を迎えた。
独りで初詣に出かけた。
まだ駐車場に空きがある深夜の内に出かける。でも、境内に入れば既に人で一杯だ。
人ごみが流れ、その一人一人が自分の“時”を持ち、今の時間を生きている。
その中で“時”が止まった男が独り、黙って社に向かった。
どデカイ賽銭箱の前で財布を取り出す。大して入っちゃいない。百円硬貨だけをつまみ出し、投げ入れようとする。
でも、少し考え、財布の中の小銭を全て取り出した。手の中一杯に小銭を握り、賽銭箱に放り込む。
拍手を打つ。でも、願掛けなんかしやしない。
願掛けなら、子供の頃にさんざんした。
家の小さな庭の小さなお社。
子供の頃、そのお社にお供え物をして、何度も必死で神様に祈った。
どうか、父がまともな人間に変わってくれますように・・・て。
何度も何度も何度も。

でも、神様・・・・。
あんたはタダの一度も願いを叶えてはくれなかったよな・・・。
幼い子供が涙流しながら、何度必死にお祈りしても、あんたはいつも無視してたよな・・・。
今だってそうだろ?願掛けしても、どうせ何も聞いちゃあくれないんだろ?
その癖、あんたは賽銭だけはもらうんだよな。そういう形でしかアンタは食っていけないんだよな。
なら、今財布の中にあるなけなしの小銭、全部くれてやるよ。
それで好きに正月過ごしな。

今年も神様に小銭を恵んでやった。去年から始めた習慣だ。いや、去年じゃなくてもう一昨年か。
神社からの帰り道。
昇る朝日を拝ませる為に、神様が“渋滞”をプレゼントしてくれた。
毎日行き来する道筋。渋滞の中、その道をユックリとユックリと進み、辺りの風景に目をやる。
いつも忙しくって、見てる暇も無かった風景。
ふと、左を見る。いつの間にか新しい道路が近くに出来ている事に気づいた。
ふと、遠くを見る。いつの間にか子供の頃に通っていた小売店が姿を消している事に気づいた。
右を見る。近くを見る。辺りを見回す。どこもかしこも、風景が変わっている。
毎日行き来しているはずの道筋。辺りをゆっくりと見回した時、何もかもが変わっている事に気付いた。
この時になって、自分の“時”が止まっている事を・・・・八年の間、自分がずっとずっと世の中の流れから取り残されていた事を実感させられた・・・・。

胸の動悸が激しくなる。息苦しい。胸のどこかに閉まって忘れていたはずの不安感が顔を出す。
たまらなくなって、車を路肩に寄せ停車させる。片手で胸を抑え、そこからあふれ出そうとする不安感をなだめようとする。激しい動悸が手に伝わる。その手も、震えていた。
大きく息を吸い、押し寄せる不安感に足元を囚われる前に、小さく長く息を吐く。
吐きながら、必死になって湧き上がる不安感を忘れる。
何かがフラッシュバックしてこようが、体が震えようが、胸が締め付けられようが、全て・・・全て忘れてしまう。
車のデジタル時計の数字が何度か変わる。右から二桁目の数字が二度変わった頃に、ようやく全てを忘却し、私は元の状態に戻った。
湧き上がる負の感情に抗うのではなく、取り込まれる前に“全て忘れてしまう”。そんな感情など無かった事にしてしまう。学生時代に身に付けた芸当だ。
またこれで、しばらくは生き続ける事ができる。


無事、初詣は終えた。
正月になって、既に七回目の朝日を見た。
今、落ち着いた思考の中、PCの前で元旦の出来事を思い出して見て、不思議に思う。
2chのネットウォッチ板には、私と同じように“時”を止められてしまった人たちが沢山いる。
何年間も監視され、どんなに逃れても付きまとわれ、ずっとPCから離れられない生活を送っている人が沢山いる。
正常な日常が送れなくっている人たちが。
彼らは、自分の“時”が止められてしまっている事を自覚したら、どうやってその苦しみから逃れるのだろうか?
いや、逃れる事ができないからこそ、自殺する者が耐えないのか?
だから、ナコさんも、某作家も、みんな自殺する事を選んだのか?
第十章・自殺した2ch被害者たち


私は苦しみから逃れる術を知っている。
だから、まだ私は生きている。
そして、多くの人々の“時”を止め、他人の人生を狂わせ続ける巨大サイトもまだ生きている。
大勢の人々の“時”を止めて来た殺人鬼・金土日も、2chを離れた今はmixiの中で同じ悪意を繰り返し、幾人もの人たちの“時”を止め続けている。
だから私は、これ以上“時”を止めさせない為にも・・・・私自身の“時”を解放する為にも・・・・今年もこの“下らない活動”を続けなくちゃならない。
おそらく次の年も・・・その次の年も・・・・。


健やか総本舗亀山堂



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