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若者側に責任を押し付けたがる社会風潮(中編)

病院のソファーに腰掛け、看護士に自分の名が呼ばれるまでの束の間。
飲食店の狭く固い椅子で、注文の品を気長に待つ一時(ひととき)。
開店数十分前のデパートの駐車場で、扉が開かれるのを待つ間。
私は文庫本を片手に、その活字の小さな海辺で、そっと時間を潰す。

冬場はジャンバーの左右のポケットに、夏場は車の助手席や鞄の中に、お気に入りの文庫本を数冊入れて持ち歩いている。

十年前のあの日。就活生だった私は、着慣れない背広の大きなポケットに、外から目立たない程度の厚みの本を納めていた。
いつものように待合室で面接の順番を待ちながら、太股の上で本を広げて、独り孤独に視線を伏せる。しかし、その日は、紙面の上から、視線をしばしば引き上げねばならなかった。
同じページを何度も開きなおし、遂には、本を閉じてポケットにしまう。
待合室で同席した就活生の一人が、私を含む数人の学生に、就職活動のコツについて熱心に話し始めていたからだ。
私には、それを無視して読書を続けられるほどの大胆さも集中力も無かった。

彼は、アミューズメント業界(という装飾語が代用されたパチンコ業界)が最も就職しやすいだの、経済学部の人間で簿記二級を取っておけば証券会社は容易いだの、どの業界がブラックだのと、どこで仕入れてきたのか・・・今振り返って思うにほとんど知ったかぶりの知識を披露していた。
この熱弁を振るった就活生の名前は知らない。十年前の事である為、顔もよく思い出せない。取り合えず“A氏”としておこう。
初めはAが一人で喋るばかりで、他の誰も発言はしなかった。
当時は社会の仕組みに関して無知だった私は、同じく無知な他の就活生同様、さも知ったような顔つきで頷き、相槌を打つばかりだった。
だが、Aの言葉に“大手”という単語が出始めた時、黙って話を聞いていた一人が、突然発言した。

「大手って、英語とかできなアカンのとちゃうん?社長かって外人やろ」

もちろん私は、この台詞を言った就活生の名前を知らない。たまたま待合室で同席したくらいで、名乗りあう事は無い。彼は“B氏”で良いだろう。
Bの妙な発言に、Aは少し戸惑った様子を見せた。彼の頭の上に小さなクエッションマークが浮かぶ。
二人はしばし会話を交わすと、Aは呆れた表情を見せた。

「君が言ってるのは、外資系企業の事や。ボクが言ってる“大手”っていうのは、従業員数とか、年商とかが大きい会社の事や」

しかし、Bがさらに質問を続けると、Aは顔色を変えて言葉を詰まらせた。
Bは、続けてこんな事をいったのだ。

「じゃあ、俺らが今、受けようとしてる○○社は、大手なん、中小なん?」

それまで相槌を打つばかりだった私も、この質問には興味を引かれた。私自身、今、面接の順番を待っている企業が、大手なのか中小なのか良く分からなかったからだ。
無名企業ゆえに中小企業だと思っていたのだが・・・・面接会場が非常に立派なビルの一角であった為、間違って大手の求人を受けてしまったのではないかと、若干、心配になっていた。
他の就活生の中にも、私と同じく「場違いな求人に来てしまった」と、落ち着かない様子の者が数人いる。Bの質問にAは何と答えてくれるのか、彼らと私は関心を持って聞き耳を立てた。

Aはしばらく沈黙した後、困った様子で首を傾けた。

「それはどうやろ・・・・聞いた事ない会社やから、多分、中小やと思うけどな・・・・」

自分たちがこれから受ける企業は、大手なのか、中小なのか?
その後、他の就活生も混じって議論が始まったが、結局、最後まで結論は出なかった。
その日から十年の歳月が流れたが、私には、いまだにそこが大手企業だったのか中小企業だったのか分からないままだ。


さて・・・・今回、“若者側に責任を押し付けたがる風潮(後編)”では、「新卒は大手を狙うから就職できない」「中小企業は売り手市場」という主張に対し、反論させて頂く。

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