DATE: CATEGORY:社会問題
スプーンを取り、コーヒーカップにインスタントコーヒーの粉を注ぐ。
首を傾げながら。
同じスプーンで、クリープの粉をすくい、コーヒーカップに注ぐ。
首を傾げながら。
母は、私のコーヒーの入れ方を見ると、いつも笑う。
「それやと濃すぎるがな」
「えらい、薄いな」

母に笑われるように、私は何年経ってもコーヒーとクリープの粉の濃度と比率を上手く調節する事ができないでいる。
私が入れたコーヒーは、常に、濃すぎたり薄すぎたりする。
その調整の不味さを誤魔化す為に、私は決まって最後に大さじ二杯の砂糖を入れて、全てを帳消しにしてしまう。
だから私に取ってコーヒーとは、甘い飲み物だ。

子供の頃、貧しい我が家では、ジュースなどといった嗜好品は与えられなかった。
その代わり、母が安売りの時に買ってきたインスタント紅茶を良く飲んだ。
砂糖をタップリと入れた紅茶が、私に取ってはジュース代わりになっていた。
カップに並々と紅茶を注ぎ、それを自室に運ぶ途中、チビリチビリと甘さを味わう。そして、自室に着いた頃には、カップの中がほぼ空になっている事が常だった。

幸いにも大人になった今では、こうして自室のPCの前に着いても、カップの中は満たされたままだ。
このコーヒーが冷める前に、一気にブログを書き上げよう。
本日のお題は、先日目にしたニュース記事に関するものだ。
他にも書かねばならぬ事が沢山あるが、今日の限られた時間では、これが一番手っ取り早く済むだろう。





■違法配信によって、崩壊する日本アニメ市場■

【2008年のアニメ産業の行方 DVDビジネスの限界と多チャンネル化
http://animeanime.jp/review/archives/2008/01/2008_dvd1.html

【アニメDVDビジネスは限界を迎えている】

海外の違法配信は、最初はただで観られる、正規版より早く観られるといった誘惑で、アニメファンを引き込んだ。これが本来DVDで観るはずだったファン層を奪っている部分は勿論ある。
しかし、もっと本質的な問題は、多くのアニメファンにアニメはパソコンで観るものという習慣を持たせてしまったことである。

かつては、こうした違法配信は試しであり、本当に気に入った作品は、きちんとDVDを買うとされていた。
しかし、今のアニメファンはインターネットの映像に満足している。ネットがスタンダードだから、DVDを買ってより高画質の映像をテレビで観るという発想がない。これが現在の海外のアニメ市場で起こっていることだ。

だから、日本でもこのまま若い視聴者がPCでの映像になれてしまったら、今後DVDを買う消費者にならないかもしれない。
いま北米やアジアの各国で起きているアニメの映像パッケージビジネスの崩壊は、近い将来に日本でも起きる可能性は小さくない。

しかし、確かなのは、現在作られているほとんどのアニメがDVDパッケージで支えられるビジネスモデルが限界に近づいていることだ。
テレビやネットで数十万人、時には数百万人が無料で観る作品の製作費をわずか数千人、数万人のDVD購入者に依存することは冷静に考えるとかなり歪んだビジネスである。こうしたビジネスモデルは、現在の違法配信の問題がなくても、いずれは壁に突き当たる可能性を持っていた。
<アニメアニメジャパンの2008年01月10日の記事より一部転載>。



■低賃金と人材不足に悩まされるアニメ業界■

日本のアニメ、低賃金・人材不足に歯止め
http://www.business-i.jp/news/enter-page/enter/200710230012o.nwc

ベネチア国際映画祭で話題になった「パプリカ」を手掛けた今敏監督がいる。「美少女セーラームーン」でキャラクターを描いた只野和子さんがいる。他にもアニメ界で師と仰がれる重鎮たちが、10月13日に東京都杉並区で行われた「JAniCA」の設立発表会に勢ぞろいした。
今監督が「アニメ業界が悲鳴を上げ始めて30年ほど。悲鳴を外部に届けようとする団体ができたことは喜ばしい」と協会の設立にエールを送った。
総動員体制による非常事態宣言ともいえる団体の発足。その背景には、アニメ業界で働く人の低賃金ぶりがある。
「時給換算した収入は優秀な原画マンで540円、優秀な作画監督で800円。それより低い人もいる」と芦田代表は説明した。
<FujiSankei Business i. on the Webの2007/10/23の記事より一部転載>。



■衰退するアニメ産業への提案

バブル崩壊以降、日本アニメ業界は悲惨な環境におかれている。
驚くべき低賃金と人材不足の為、海外へのアウトソーシングが起き、国内ではとっくの昔に技術者の空洞化も生じている。
特にイランにアウトソーシングしていた頃は、作画崩壊のアニメが大量に量産され、見るに耐えない酷い状態だった。
私がアニメを見なくなったのも、この時期からだ。

21世紀を迎えてからは、海外に日本アニメファンが大発生したお陰で、少しは息吹を吹き返したかと思われた。
だが、アニメーターたちの低賃金は変わらず、それが改善される前に今度は市場自体が違法なweb配信に押されて崩壊しつつあるという。
経済産業省文化情報関連産業課が作成したファイルの「4.テレビアニメーション番組ビジネス(例)」をご覧いただきたい。
http://www.meti.go.jp/policy/media_contents/downloadfiles/kobetsugenjyokadai/anime200306.pdf
何と、アニメ作成の為にスポンサーが五千万出しても、肝心の元請けプロダクションに渡るのは八百万円に過ぎないというのだ。
当然、これでは赤字である。ゆえにプロダクションは、DVDを売る事で利益を回収するしかないそうだ。
しかし、収益をDVDの販売に依存していては、海賊版やweb上にアップされた違法動画に、直ぐに収益を妨害されてしまう。

祖国の世界に誇るべき文化であるアニメを守り、外貨獲得に欠かせない海外市場を死守し、日本が誇るべき近代の匠であるアニメーターを救うには、どうすれば良いだろうか?
私はここに、二つの提案を掲げてみたい。




■提案1.アニメは全部ただで流せ■

web上にアップされている違法アニメを一掃するにはどうすれば良いか?
その方法は、まずは全てのアニメを包括する巨大サイトをweb上に作る事だ。
作るのはJAniCAでも、国家でも、現民主党幹事長でオタクで有名な麻生でも良い。
そして、新作アニメがTVで放送されれば、第一回目の放送が終了した翌週(いっそ翌日でも良い)から、そのweb上で再放送する事だ。
アニメ専用サイトで、“高画質の動画”を“完全無料”で放映し、しかも関連情報が得られるコンテンツも多数添えておく。
また、旧作アニメに至っては、全話を初めからアップしておく。
こうして、“違法にアニメをアップする必要性”をなくしてしまえばよいのだ。
無料で高画質のアニメが合法的に見られるのであれば、わざわざ違法行為を犯してまでアニメをアップしようとする輩はほとんどいなくなるはずだ。

しかし、このようにいえば「本末転倒だ」と批判される方がいらっしゃる事だろう。「無料で配信して、どうやって収益を得るのか」と。
だが、少しも本末転倒ではない。
そもそもTVで放送されるアニメは、視聴者がプロダクションに金を払う事で収益を得ている訳ではあるまい。プロダクションに金を払っているのはスポンサーだ。
ならばweb上でも同じ事をすればよいのだ。
ユーザーに無料で配信し、スポンサーを募ってWebCMを入れ、それによって利益を得れば良い。
しかも、web配信には、TV放送にはない利点が三つある。

一つは、広告料とアフリエイトというweb独自の収益がプラスされる点だ。
二つは、日本アニメのファンは世界中にいる為、数ヶ国語の字幕を表示させる機能を設ければ、海外の放送局と余計な契約を交わす事無く、簡単に世界中から視聴者を得られるという点だ。
世界中から視聴者を得られるという事は、世界中からスポンサーを募る事ができ、世界中の広告業者及びアフリエイト業者と契約を結べるという意味だ。
海外でも人気のある作品ならば、これだけで十分に収益は見込めよう。
三つは、TVは放映が終了すれば終わり、DVDは一度売れば終わりだが、web放送はアップし続ける限り“半永久的に収益が得られる”という点だ。
例えスポンサーが見つからず広告料とアフリエイトの収益が小さくとも、その小さな収益を半永久的に得られるのであれば、プロダクションは作品を沢山作れば作るほど(web上にアップするほど)、確実に収益は増えてゆく事になる。

TV放送は、精々、“今、こういうアニメがやってます”という宣伝の手段に過ぎぬと思うべきであり、これからはweb放送の方で収益を得るべきである。
これこそが、違法動画を駆除し、新たな収益を得る為の最良の手段ではないか。
(それにこれは、海外への日本語の普及にも役立つ事だ)


■提案2.DVDに付加価値を与えよ■

web配信で利益を得ることを前述したが、DVDで収益を得る場合に関しても書かせていただく。

海賊版や違法動画に圧されている正規のDVDを売るには、どうすれば良いのか?
それを考えるには、先に次のような問い掛けをすべきだろう。
DVDアニメは、なぜ海賊版に劣るのか?
DVDアニメは、なぜ違法動画に劣るのか?
という問い掛けだ。
むろん、答えは“安価か無料で視聴できる”為だ。
DVDには、一部の特典版を除けば、“アニメを視聴する”という価値しかない。それゆえに、同価値を備えた安価な海賊版や無料の違法動画に劣ってしまう。
では、どうすれば、DVDは海賊版や違法動画に勝る事ができるのか?
簡単な事だ。
“アニメを視聴する”以外の価値をDVDに付加すれば良いのだ。
例えば、以下のような四つの付加価値を与えれば良い。

第一の付加価値は、DVD一巻ごとに記念品をつける事だ。
一巻目には、登場キャラの非売品フィギアを一体。
二巻目には、書き下ろし非売品・短編漫画を一冊。
三巻目には、ポスター等の非売品グッズを一つ。
という具合に、ファンが喜ぶ非売品の品を付ければ良い。
これだけで海賊版と違法動画に差を付けることができる。

第二の付加価値は、DVDに番号を割り振り、宝くじの価値を付ける事だ。
DVDを販売した一年後に抽選会を行い、スタジオ見学、監督や声優のサイン色紙、オリジナルグッズ、現金などの賞与を消費者に与えれば良い。
コアなファンならば、サイン色紙欲しさに“同じDVDを何枚も買ってくれる”可能性も期待できる。
ちなみに、抽選会は重版を重ねる度にやるべきだが、たとえ重版を出さずとも、三年間は連続で行うべきである。
その理由は、抽選会が一度だけでは、消費者は抽選が終わり次第DVDを手放してしまう恐れがある為だ。手放したDVDが中古屋に出回れば、正規のDVDを買う消費者がその分減ってしまう。しかし、三年連続で抽選会が繰り返されるのであれば、DVDを買った消費者は次の年の抽選会では当選できるかも知れないからと期待し、少なくとも三年間はDVDを手放すまい。

第三の付加価値は、語学の教材としての価値を与える事だ。
日本のアニメは、世界各国で吹き返られ販売されている。
吹き替え版が出次第、重版に各国の吹き替え音声を収録し、語学の教材として使えるようにすべきだ。
大好きなアニメが語学の勉強に出来るとなれば、本来アニメなど見ていられない立場の受験生でも、消費者に変える事ができる。
学習教材として、学校ぐるみで購入してくれる所も現れるかもしれない。

第四の付加価値は、特典映像や製作秘話などを追加する事だ。
(これは海賊版や違法動画でも可能だが)


海賊版や違法動画に勝りたいのであれば、これからはDVDに視聴する以外の価値、海賊版や違法動画には無い価値を付けるべきなのだ。
視聴する以外の価値が多くあれば、たとえ前述したweb放送を行ってもDVDを売り続けることは可能になる。
その上で、値段をもっと手ごろにしてくれれば、なおよいだろう。



以上、日本のアニメ産業の衰退を憂いたキチガイが、提案と称した思い付きを書き連ねさせていただいた。
まだコーヒーが温かい内に、筆をおかせていただく。




健やか総本舗亀山堂



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DATE: CATEGORY:徒然のままに
家族を養わない父の元で育った・・・。
家には、母と祖父らのわずかな収入と菜園があった。だから食べる事に困るほど貧しくは無かった。
でも、人並みの家庭に比べれば、常に何かが不足していた。

子供の頃、友人たちがお菓子を買っても、お金のない私は黙ってそれを見ているだけだった。
けれど、惨めだとは感じなかった。
今だけだ。大人になれば、手に一杯あふれるくらい買えるようになるんだ。
そう、思っていた。
あの頃は、自分の将来については、何も悲観していなかった。
いや、悲観していなかったというよりも、将来というものが遠すぎて何も想像できなかっただけだろう。

問題の多い家庭事情から、小学生時代が一番辛かった。
でも、その分、学校では陽気で人気者でいられた。辛いことは全て、友人たちと日々を楽しむ事で発散していた。
小学生時代が、一番辛くて、一番楽しい時代だった。
長らく・・・私に取って過去の思い出といえば、その頃を指していた。
でも、三十を越えた今では、それすらも記憶から薄れつつある。

子供の頃は、どんなに沢山友人を作っても、「卒業」というたった一日の行事によって、積み上げた交友関係が分断されてしまう。
小学校で一度、中学校でも一度、高校でも一度、大学でも一度。数年ごとに、この行事によって分断されてしまう。
社会人になり、派遣でひたすら働くようになってからは、「契約切れ」「解雇」という二つのイベントによって、定期的に交友関係は分断されてしまった。
三十を越えた今、周囲を見渡してみれば、子供の頃は沢山いたはずの友達が一人もいなくなっていた。


いいや、違う・・・。
友人がいなくなったのは、そんな最近の話じゃないだろ?
もっと昔だ。
学生時代・・・少なくとも学生時代は友人がいたよな?
いや、確かに親しい奴はいた。でも、一緒に遊びに出かけた事があったか?
一緒に買い物に行こうという話、大阪の某地区を案内してくれって話・・・・何度かあったけど、どれもウヤムヤで終わってるよな。
大学の中でだけ親しいってのは、そりゃ友達とはいえないだろ。
じゃあ高校時代から?
あの頃は、中学の卒業間際に経験したトラウマが原因で、人とまともに交信すら出来ない状態だった。でも、もう少し前だ。
中学時代?
この頃はいたよな。毎日毎日、語り合い笑い会える友達が。三年生の時だっけ?
でも、学校以外でも付き合った事があったか?
あの頃は、まともな私服も無く、出歩くこと自体避けてたじゃないか?
もう少し前だ。中学一年の時の夏休みだ。
あの時だ。些細な事で友人らと喧嘩し、絶交してから・・・・。
そうだ。あの時からだ。
一緒に出かけて遊べるような友人は、あの時からいなくなったんだ。

中学一年生の頃。たった一度の絶好の為に、夏休みが明けた時にはクラスには話し相手がいなくなっていた。
少し・・・いや、直ぐにカナリ気がおかしくなった。
あの時、知った。
人は、一人でも友人がいなければ、生きていけない事を。
でも、一年ほど経った時に気付いた。
いや、独りになっても、人は生きていくだけならば何とかなると・・・。

中学から高校に掛けての六年間。この六年間の記憶が、私には余りない。
楽しい時期を部分的に挟みながらも、大部分を独り寂しく過ごした為に、記憶すべき事が余り無かったのか?
それとも、思い出したくないだけなのか?
嫌な思い出が多いのか・・・?
いや、少なくともイジメだとか、そういうのは経験していないはずだ。うん。
ただ、明るく過ごせるような日は、一日もなかったように思う。
あの頃は常に薄暗かった。薄暗いってのは視界の事だ。
“紗”が掛かったように、世の中が薄暗かった。
これは比喩表現じゃない。物理的な意味で、自分の視界の中に写る世の中の“明度”が本当に落ちていた。
時たま、どういう脳の作用なのか・・・この“紗”が唐突に外れる時があった。
突然、視界の明度が上昇し、辺りが明るくなる。見上げれば、狭かったはずの空がずっとずっと広くなっていた。
でも、脳は気まぐれだ。ひと時の奇跡を見せてくれても、直ぐにシャッターを勢い良く下ろすように、視界は元に戻ってしまう。“紗”の掛かった薄暗い視界に。
こういう時、改めて実感した。やっぱり自分の見える世界は、他人よりもずっと見通しが悪くて狭い世界なんだと。


高校時代。一週間に一度くらいの割合で、急に精気と活力が全身から抜け落ちてしまう、不思議な症状を体験するようになっていた。
ただでさえ“紗”の掛かっていた辺りの風景が、深刻なくらいもっと暗くなる。激しい虚脱感がどこからかやってきて、その場に立っているだけで手一杯になる。
いつの間にか、この症状を「ブラックアウト」と呼んでいた。後に、大学の図書館で「人は極度のストレスが溜まると、脳が酸欠状態に陥る」という記述を見た時、ようやく不思議な症状の正体を知る事ができた。
やっぱり、「ブラックアウト」のネーミングは間違ってはいなかった。
でも、小学生の頃も、似たような事はなかったか?
あったよな?急に五感が麻痺する事が。クラスの喧騒が急にラジオの雑音みたいに聞こえて、周囲の風景が壊れたテレビのモニターみたいに狂い出す事が。
あれは心身症が原因だったっけ・・・?

高校の三年間を終え、大学に進学すると言った時、先生は「うちの高校から大学行く奴はいない」と相手にしてくれなかった。
だから大学に受かっても、別段、学校に報告しようと思わなかった。
休み明け、学校に登校した時、クラスの何人もの連中が驚いたような顔で私を迎えた。
「○○!お前、大学受かったんだってな!」
それほど驚くことか?
他所の高校なら普通の事じゃないか・・・。
そういえば、先生に「何で報告しなかったんだ!通知きて始めて知ったんだぞ」と叱られたっけ。

学生時代は、とにかく忙しかった。
バイトに部活。でも、勉学の方は熱心じゃなかった。サボれる講義はサボって、大学のデッカイ図書館に入り浸ってた。
大学の四年間で、一番ためになる事を与えてくれたのは、教授でも、教科書でもなく、図書館だった。
沢山の本が一階にも二階にも三階にもビッシリと並んでる。図書館の事だけ思い出せば、大学生活は充実してたって言えるかも知れない。

四年間の学生時代を終えた時、ようやく巣立てる時が訪れたと思った。
六年間の小学時代。三年間の中学時代。同じく三年間の高校時代。そして、四年間の大学時代。
ようやく、羽ばたく為の練習を終えた気がした。
父には養ってはもらえなかった。
でも、これからは自分で自分を養う事ができる。
生まれ出でて22年目にして、ようやく自分の人生が始まるんだと思っていた。
でも・・・。
200×年。仮想世界に設けられた一つの掲示板が、旅立ちかけた私の“時”を止めてしまった。





あの当時、何が起きたのか分からなかった。
ネットを始めたばかりで、ただ、幾つかの某社の公式掲示板に顔を出してただけだった。
でも、どういう訳か某社の関係者という事にされ、2chで祭り上げられていた。
自分のPCを持っていない身では、ネカフェから確認するしかなかった。
毎日、ネカフェのカウンターで、蒼白な顔色で会員券を見せる。席が取れ次第、直ぐにPCを立ち上げ、何度も何度もトンデモない事になっている自分の状況を確認した。
祭り上げられた期間は、ほんのわずか二ヵ月程度だったけ?いや、もっと短かったか?
でも、そのわずかな期間が、私の二十二年間待ち続けた人生のスタートを・・・歩み出そうとした“時”を・・・羽ばたき掛けた両翼を・・・止めてしまった。

祭りが終わっても、被害を受けた最初の一年間は、まともに出歩く事もできず廃人のように日々を送った。
たった一つのサイトが原因で、何もかもが無茶苦茶になってしまった。
ようやく飛び立てると思ったのに、羽ばたいたそこには、空はなくなっていた・・・。
なぜ、あんな事が起きた?
何度も、自分が悪かったんだと言い聞かせた。
「初心者の癖に、PCの事を知ったかぶってただろ。あれが原因だ」
「バカにされた時に、悔しくて虚勢を張っただろ。あれが悪かったんだ」
「webの事を良く知らずに、他所の掲示板に間違って返信したりしてただろ。ああいう、ドジをやってたからだ」
何度も何度も自分に言い聞かせた。
でも、どうしても納得できなかった。
なぜ、集団でストーキングしてた連中は、私の名前や交友関係を知っていた?
メーリングリストの一部の友人らしか知らなかったはずの事を、なぜ奴らは知っていた?
やっぱり、中傷していたのは、友人たちじゃないのか?
そういえば、あの時もネットで知り合った友人らを疑い、責めたんだった。
「じゃあ、そういう事をしたから、2chネラーに目を付けられ中傷を受けたのか?」
いや、それじゃあ順序が逆じゃないか・・・?
それに何よりも、あれほど酷かった中傷とストーキングが、自分が某社と無関係だと分かった途端、どうして示し合わせたようにピッタリと止まってしまったんだ?
大勢の人たちが、自分を「希代のバカ」に認定してストーキングしてたはずだろ?
なぜ、一斉に中傷が止んだ?

奇妙で、不可解で、ずっと胸の内から消えなかった。ずっと、その事で悩んだ。
でも、自分の心を砂丘に変えたのは、その事が原因じゃなかった。
人が、匿名という陰に隠れた時、陰険で卑怯な生き物に変わってしまうという事にショックを受けたんだ。
大の大人たちが、ものの通りも限度も知らない子供よりも・・・・悪質な中傷を好むという事実が信じられなかったんだ。
極度の人間不信が・・・・重い鎖となって心を捕らえて、私を一年間も廃人のように過ごさせたんだ。
人ってものが、誰も信じられなくなっていた。
でも・・・本当に、人は匿名になっただけで、限度も無く中傷やストーキングを好むものなのか?
一言一言を逐一取り上げ、無理やり中傷を付けていたじゃないか?
まるで怨みを持つ者が、計画的に復讐相手を追い詰めようとするかのように。
そんな手の込んだ中傷を、普通の人が何時間も何日も掛けてやりたがるものか?

一年が過ぎ・・・二年目も過ぎた時、時の流れは、“時”が止まった自分の歯車を少しずつ少しずつ動かしてくれていた。
立ち直り、自分のPCを購入し、私はネットに戻った。
二年前の被害は、全て自分が招いたものだ。全て自分が原因なんだ。だから2chを目の仇にしたりはしない。自分も一住人として溶け込もう。
そう思っていた。

そう思っていた・・・・余計な検索さえしなければ、今頃2chの一住人に納まっていたかも知れない。
けれども私は余計な検索をしたばかりに、出会ってはいけないものと出会ってしまった。
それは閉鎖されたwebのキャッシュに残されていたある人の日記だった・・・。
彼は日記の中で、2chの裏話を書き綴っていた。プロ固定の存在について触れていた。その手口を紹介していた。
日記を読んだ時、しばらく愕然とし、ディスプレイの前から動く事ができなかった。
もし自分が被害を受けていなければ、それは変人が書いた妄想だと片付けていた事だろう。
だが、被害を受けた自分は、それを妄想として片付ける事はできなかった。
彼の日記に記された手口も手順も、自分が受けた被害の内容そのままだったんだ・・・。
何から何まで全て同じだ。
なぜ、他人の一言一句を取り上げて中傷を行う人々がいたのか?
なぜ、怨みもない相手に計画的な中傷を行う人々がいたのか?
なぜ、無関係だと分かった途端、一斉に中傷が停止したのか?
その時、胸の内から消えなかった不可解で奇妙だった感情が、音を立てて散って行った。
「そういえば、あの時は自分以外にも、あの某社の関係者だと思われてた人は全員被害受けてたよな・・・・」
思い返せば、改めておかしな部分が多かった事に気づく。思い返せば思い返すほど、人為的に起きた事件だったと思えば、全て辻褄があってしまう。
「そういう事だったのか・・・・」

そして間もなく・・・2chの過去ログの中に、二年前の自分の“時”が凍り付いたまま残されている事を知った。
削除依頼を出した。もちろん、却下だった。
“時”を解放しなければ、動きかけた自分の歯車を安心して動かして生きる事はできない。
自分の“時”を解放する為に、私は“下らない活動”を始めた。
その下らない活動を始めてから、遂に五度目の正月を迎えてしまった。
結局、自分の“時”は今日の今日まで、七、八年間止まったままだ。


子供の頃からやっていた“物書き”の趣味。三十になるまでに文章力を鍛えて、三十代からどこかの賞に少し挑戦してみようと思っていた小さな楽しみ。
沢山書きかけていた作品。“下らない活動”を始めてからは、どれも未完のまま放置した。
部屋の片隅で、古いワープロの隣に無造作に積み上げられたフロッピーディスク。このどれかの中に、多分まだ眠っている。いや、もう劣化して消えてるかも知れない。

この五年間、仕事に行き、帰宅すればPCの前に座る事の繰り返しだった。いや、資料を探す為に、図書館や古本屋にもちょくちょく通ったっけ?
世の中の流れから外れ、一人、下らない活動の為に人生を浪費し続けた。
自分の知らない所で何かが流行し、自分の知らない所で何かが社会現象となり、自分の知らない所で何かが廃れる・・・。
自分の“時”が止まっている事は頭では分かっていても、実感はなかった。自分の知らない所で、世の中が変化して行く事も気にはしなかった。
全てが終われば、全部、取り戻せるように思えていた。

子供の頃、アニメが大好きだった。
でも、1991年のバブル崩壊で、コスト削減の為に日本アニメが海外にアウトソーシングされるようになると、アニメが大嫌いになった。
海外の人々の手で作成された日本アニメは、「作画崩壊」という新語を私の教えてくれた。
そのアニメも、私の知らない間にクオリティーを取り戻し始めていた。
この八年、自分の知らない所で、自分の知らないアニメが流行し、何度も社会現象まで起きていた。
「よし、全ての活動が終わったら、この数年間に流行ったアニメを調べて、DVDを一杯集めてゆっくりと楽しもう」
“時”は止まっても、後から取り返せると思っていた。


先日、下らない活動を始めてから五度目の元旦を迎えた。
独りで初詣に出かけた。
まだ駐車場に空きがある深夜の内に出かける。でも、境内に入れば既に人で一杯だ。
人ごみが流れ、その一人一人が自分の“時”を持ち、今の時間を生きている。
その中で“時”が止まった男が独り、黙って社に向かった。
どデカイ賽銭箱の前で財布を取り出す。大して入っちゃいない。百円硬貨だけをつまみ出し、投げ入れようとする。
でも、少し考え、財布の中の小銭を全て取り出した。手の中一杯に小銭を握り、賽銭箱に放り込む。
拍手を打つ。でも、願掛けなんかしやしない。
願掛けなら、子供の頃にさんざんした。
家の小さな庭の小さなお社。
子供の頃、そのお社にお供え物をして、何度も必死で神様に祈った。
どうか、父がまともな人間に変わってくれますように・・・て。
何度も何度も何度も。

でも、神様・・・・。
あんたはタダの一度も願いを叶えてはくれなかったよな・・・。
幼い子供が涙流しながら、何度必死にお祈りしても、あんたはいつも無視してたよな・・・。
今だってそうだろ?願掛けしても、どうせ何も聞いちゃあくれないんだろ?
その癖、あんたは賽銭だけはもらうんだよな。そういう形でしかアンタは食っていけないんだよな。
なら、今財布の中にあるなけなしの小銭、全部くれてやるよ。
それで好きに正月過ごしな。

今年も神様に小銭を恵んでやった。去年から始めた習慣だ。いや、去年じゃなくてもう一昨年か。
神社からの帰り道。
昇る朝日を拝ませる為に、神様が“渋滞”をプレゼントしてくれた。
毎日行き来する道筋。渋滞の中、その道をユックリとユックリと進み、辺りの風景に目をやる。
いつも忙しくって、見てる暇も無かった風景。
ふと、左を見る。いつの間にか新しい道路が近くに出来ている事に気づいた。
ふと、遠くを見る。いつの間にか子供の頃に通っていた小売店が姿を消している事に気づいた。
右を見る。近くを見る。辺りを見回す。どこもかしこも、風景が変わっている。
毎日行き来しているはずの道筋。辺りをゆっくりと見回した時、何もかもが変わっている事に気付いた。
この時になって、自分の“時”が止まっている事を・・・・八年の間、自分がずっとずっと世の中の流れから取り残されていた事を実感させられた・・・・。

胸の動悸が激しくなる。息苦しい。胸のどこかに閉まって忘れていたはずの不安感が顔を出す。
たまらなくなって、車を路肩に寄せ停車させる。片手で胸を抑え、そこからあふれ出そうとする不安感をなだめようとする。激しい動悸が手に伝わる。その手も、震えていた。
大きく息を吸い、押し寄せる不安感に足元を囚われる前に、小さく長く息を吐く。
吐きながら、必死になって湧き上がる不安感を忘れる。
何かがフラッシュバックしてこようが、体が震えようが、胸が締め付けられようが、全て・・・全て忘れてしまう。
車のデジタル時計の数字が何度か変わる。右から二桁目の数字が二度変わった頃に、ようやく全てを忘却し、私は元の状態に戻った。
湧き上がる負の感情に抗うのではなく、取り込まれる前に“全て忘れてしまう”。そんな感情など無かった事にしてしまう。学生時代に身に付けた芸当だ。
またこれで、しばらくは生き続ける事ができる。


無事、初詣は終えた。
正月になって、既に七回目の朝日を見た。
今、落ち着いた思考の中、PCの前で元旦の出来事を思い出して見て、不思議に思う。
2chのネットウォッチ板には、私と同じように“時”を止められてしまった人たちが沢山いる。
何年間も監視され、どんなに逃れても付きまとわれ、ずっとPCから離れられない生活を送っている人が沢山いる。
正常な日常が送れなくっている人たちが。
彼らは、自分の“時”が止められてしまっている事を自覚したら、どうやってその苦しみから逃れるのだろうか?
いや、逃れる事ができないからこそ、自殺する者が耐えないのか?
だから、ナコさんも、某作家も、みんな自殺する事を選んだのか?
第十章・自殺した2ch被害者たち


私は苦しみから逃れる術を知っている。
だから、まだ私は生きている。
そして、多くの人々の“時”を止め、他人の人生を狂わせ続ける巨大サイトもまだ生きている。
大勢の人々の“時”を止めて来た殺人鬼・金土日(行政書士・坂田信宏)も、2chを離れた今はmixiの中で同じ悪意を繰り返し、幾人もの人たちの“時”を止め続けている。
だから私は、これ以上“時”を止めさせない為にも・・・・私自身の“時”を解放する為にも・・・・今年もこの“下らない活動”を続けなくちゃならない。
おそらく次の年も・・・その次の年も・・・・。


健やか総本舗亀山堂



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