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第二回・フリーターの経営講座・製造業編<後編>


前回は、最も効率が良い生産体制は、『四交代制』だと述べた。
では、最も効率が悪い生産体制は、『超・長時間体制』『長時間体制』『二交代制』『三交代制』『四交代制』の内、いずれだろうか?
それは『超・長時間体制』と『二交代制』だ。

労働者に、毎日十時間以上もの労働を強いた場合、“働き慣れた労働者ほど”仕事の手を抜き始めるものだ。
作業速度を故意に落とし、仕事中に同僚と談笑を交える機会を増やし、勝手に休憩まで取り出す。
別段、怠け心が働く訳ではない。
連日十時間以上の労働が続くのであれば、全力で働いてしまっては体がもたぬからだ。
働きなれた労働者は、その事を心得ているからこそ、ほどほどに労働力をセーブしてしまう。
ゆえに、『超・長時間体制』や『二交代制』の下では、一時間あたりの作業速度は、八時間勤務の労働者よりも劣ってしまうのだ。

そもそも人間は、十時間以上全力で働けるように出来ていない。
仕事に慣れ、勤労意欲が旺盛な労働者でも、仕事に全力で集中できる時間は六時間にも満たない。仕事が過酷であれば四時間が精々だ。
上手に休息を取らせてやれば、六時間の所を八時間に、四時間の所を六時間に引き伸ばすことはできる。
だが、十時間を越えれば、どんな働き者とて心身ともに疲労し始める。
だからこそ、今日の疲れを明日に持ち越さぬように、どうしても体力を温存しておく必要が生じる。

だが、その事を心得、体力を上手にセーブする術を知っている者は良い。問題なのは、その術を知らない者だ。
上手な手の抜き方を知らぬ労働者は、生真面目な者ほど、初日から十時間以上の労働を懸命にこなしてしまう。
そして、今日の疲れを明日に、明日の疲れを明後日へと持ち越し続け、数日後には体が思うように動かなくなる。
さらに、一週間目を越えた辺りから仕事を休みガチとなり、遂には辞職するか倒れるかの結末を迎える。
若い者や非正社員などに至っては、たった一日で辞めてしまう事も多い。
『四交代制』と違い、『超・長時間制』や『二交代制』は、急に労働者に休まれたり辞めてしまわれると、欠員を埋める事ができない。その為、一人欠勤する度に、確実に生産が低下してしまう。
十時間以上の労働を強いる『超・長時間体制』や『二交代制』は、このような致命的な欠陥を抱えているのだ。

しかも、労働者が辞めてしまった時は、新たに労働者を雇用し直し、その度に新しい備品や制服を用意せねばならない。ゆえに、余計な出費まで掛かってしまう。
私が経験してきた生産体制の中で『超・長時間制』と『二交代制』は、一番頭の悪いシステムであり、この手段を用いる経営者は大抵「うちの会社は生産量が中々向上しない」と悩んでいたものだった。


日本の戦国時代。
大将は、軍勢を第一陣(先陣)、第二陣、第三陣、旗本(本体)に別け、全軍を一度に投入しないようにと注意を払っていたものだ。
まだ第一陣が突破されていなくとも、将兵に疲れが見えれば、大将は速やかに第二陣と交代させるという具合に、常に将兵の体力の温存を心掛けていた。
戦闘が長引き全軍に疲労が見え始めた時は、後もう少し戦えば敵に大損害を与えれるという好機が訪れても、大将は退却を命じた。
これは、目先の戦で勝利できても、今日中に将兵の体力を使い切ってしまえば、明日の戦いでは大敗を喫する恐れがあった為だ。
朝の戦闘で生じた疲労は昼に持ち越さぬよう、今日の疲労は明日に持ち越さぬよう、十分に休息を取らせる。逆に戦闘のない長対陣が続いた時は、小競り合いを仕掛けさせ、あるいは演習を行い、戦意が落ちぬように心掛ける。
これは戦場における大将の基本的な勤めだ。

大将は、将兵の士気を衰えさせぬ為に、合戦の時は必ず自ら戦場におもむく。そして、将兵たちを奮い立たせる為に、時には自ら陣頭にまで立つ。
そして、論功行賞を行い、個々の兵士の戦闘意欲をうながす事も忘れない。

しかし、体力を気遣い、士気を昂ぶらせ、論功行賞を行いさえすれば、将兵たちは大将の為に存分に戦場で働いてくれる訳ではない。
求めるべき義務に応じて、それ相応の対価を平時から積み重ねておかねばならなかった。
すなわち、命懸けの忠義を求めるべき武士には、領土や知行(所領。厳密には世襲で相続できる資産)を与えて子々孫々まで生活を保障しておいてやる。
ただ命令を遂行すべき足軽以下、中間、小者らには、日々の衣食住を保障し、小扶持(給与)を与えてやる。
そして、忠義とも義務とも無縁な農兵や人足の類には、逃亡だけはせぬようにと高価な米を陣中で惜しげもなく振る舞い、なるべく戦闘には当たらぬようにと荷駄の運搬等を担当させた。
このように大将は、平時から将兵らが不満を抱かないように配慮し、戦時は戦意や体力を失わぬようにと配慮しなければならなかった。
ここまでしなければ、合戦は遂行し得なかったのだ。

所が、希に“愚将”と呼ばれる大将は、こういった配慮を行わなかったものだ。
愚将は、ただひたすら長時間戦わせれば勝てると思い込み、早朝から日暮れまで全軍を投入し続け、夜は夜で夜襲まで掛けさせる。
そして、将兵らを疲労困憊へと追いやり、数日後には、行軍するだけで落伍者が続出する事態を引き起こしてしまう。

また愚将は、士気の衰えも気にせず、己は城にこもって戦場には出ず、まともな論功行賞も行わない。
忠義とは、勝手に湧いてくるものとでも思い込み、武士にはろくに知行を分配せず、足軽の衣食住の保障もケチる。挙句には、戦力の消耗を嫌って農兵たちを陣頭に繰り出させてしまう。
こうして愚将は、決戦の時には、戦意を持たぬ将兵らを敵前逃亡させてしまうばかりか、将兵らの不満を爆発させて反乱まで誘発してしまうのである。


経営者が労働者を扱う事は、大将や愚将が、将兵を扱う事と全く同じだ。
大将が将兵の体力を気遣うように、経営者とて労働者の体力を気遣ってやらねばならない。
無理を強い続ければ、将兵も労働者も毎日存分に働くことはできない。
ほどほどに手を抜き出すか、落伍するかのどちらかの道を歩んでしまう。
勤労意欲もしかり。勤労意欲は、戦場における士気だ。
論功行賞も行わず、城にこもるばかりの大将の下で、誰が士気や戦意を昂ぶれようか?
皆勤賞程度の賞与も与えず、ろくに働かない経営者の下で、誰が勤労意欲を抱けようか?
求めるべき義務に応じて、それ相応の対価を積み重ねておかねばならぬ点も、同じ事だ。
例え経営難に陥っても最後まで会社に付いて来てくれるほどの忠誠心を求めるならば、ちゃんと正社員雇用し、手厚い福祉厚生で遇し、定期的に慰安を与え、会社に感謝と馴染みを感じるように仕向けておかねばならない。
最低限度の貢献を求めるならば、不満を抱かぬ程度の給与と保障を与えてやり、労働者が会社を信頼してくれるように配慮せねばならない。
忠誠心とも義務感とも無縁なバイトやパートには、せめて食事内容ぐらいは気遣ってやり、過酷な労働や重責を求める仕事は回避してやるべきだろう。

だが、このような配慮を一切せず、“愚将”のように振舞う経営者がどれほど多い事だろうか?
ひたすら長時間働かせれば生産が上がると思い込み、労働者を酷使する。まともな休憩時間も休憩場所も与えずに、朝の疲れを昼に持ち越させ、一日の疲れを明日に持ち越させ、明日の疲れを明後日に持ち越させてしまう。
そうして、落伍者が続出すれば「最近の労働者は長続きしない」と嘆き出す。
己は現場に立たず、巡回・監督と称してはうろつき愚痴をこぼすだけで働かず、残業もせずに定時で帰る。むろん、何ら褒賞も与えない。
そうして、労働者の勤労意欲が失せて当たり前の振る舞いをしておきながら「最近の労働者は勤労意欲に欠けて困る」と嘆き出す。
さらには、非正社員にまで忠誠心を期待し、その期待に応えれるはずがないレベルの給与しか与えていないにも関わらず「最近の労働者は忠誠心が無くて困る」と嘆き出す。
私は、こんな愚かな経営者を何度見てきた事だろうか?


前回の冒頭の話に戻ろう。
劣勢の周軍が、殷を打ち破った話だ。
70万の殷が、なぜ5万以下の周軍に敗れたのか?
その理由を答えよう。
それは周軍が正規兵で構成されていたのに対し、殷軍は奴隷兵を中心に構成されていた為だ。
殷軍の将は、使い捨てに過ぎない奴隷兵の体力など何ら考慮せず、無理な戦闘を強い続け、必要以上に戦死者を出し続けた。
そして、何ら保障も褒賞もない奴隷兵らも、戦意が無く、使い捨てられる前に敵前逃亡する事を厭(いと)わなかった。
紀元前1046年に起きた牧野の戦い。
それは600年の殷の最期を彩るに相応しい戦いでも、5万の勇士が70万の大軍を蹴散らす華々しい戦いでも無かった。
圧倒的な戦力を持つ側が敵前逃亡を繰り返し、遂には少数の周軍に寝返ってしまうという惨めなものだった。
殷の紂王は、少数の周軍に敗れたのではなく、忠誠心も義務感も持たない己の殷軍に敗れたのだ。
これは、百万近い人がいようとも上に立つ者が配慮を怠れば、十万に満たない人数にも劣ってしまう事を示す良い例である。


私は、この講義を通して、最も勝る生産体制は『四交代制』だと述べた。
もし、生産量を向上させたくば、製造業を営む経営者は『四交代制』か『三交代制』を取られるがいい。
必ず生産量は向上するはずだ。
だが、簡単には『四交代制』や『三交代制』に移行できぬ会社もあろう。
そのような会社の経営者は、労働者に効率の良い働きと貢献を求めたいのならば、
将兵を存分に戦わせるには、大将はいかなる配慮が必要なのか?
なぜ殷軍が周軍に敗れてしまったのか?
よくよく考えられるがよかろう。

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考古学史上、中国大陸最古の王朝とされる殷。
紀元前1046年、殷の最後の帝王・紂王は、周の武王の軍勢と戦火を交えた。
両軍が激突したのは、殷の首都・朝歌に近い牧野。
殷の軍勢は実に70万。対し、殷の暴政に堪えかねて馳せ参じた諸侯を率いても、周の軍勢は5万にも満たなかった。
開戦前から、既に殷軍が圧倒していた。
だが歴史は、紀元前1046年を周王が敗れた年として記録する事はなかった。
朝歌の城門をくぐったのは凱旋する殷軍ではなく、咆哮を上げる周軍だった。数で劣るはずの周軍が、みごと殷軍を打ち破ったのだ。
朝歌の宮殿から紂王自らが放った炎が上がった時、殷は、その600年の歴史を宮殿の灰と共に埋もれさせた。

なぜ、70万もの大軍を擁した殷軍は、劣勢な周軍に敗れたのか?
しかし、その事を論じる前に、約束していた講義の第一回目を開かせて頂くとしよう。




第一回・フリーターの経営講座・製造業編<前編>


大陸で殷が滅びた頃、まだ文字も無かった偏狭の島国は、二千年の歳月を掛けて今や大陸をしのぎ、比べるべくもない繁栄を享受している。
だが、近年、その膨大な人員と人件費の安さが好評な大陸は、その島国の四海を揺るがすほどの鎚の音を響かせていた。
わずかな糧だけで、大量の製品を量産し続ける中華人民共和国。それに負けじと、歯を食いしばりながら、その小さな体に見合わぬ産出を続ける日本。
製造業を営む日本の企業や下請け業者は、今、中国に負けじと生産量を上げる事に躍起になっている。
そんな中を派遣の身で渡り歩いてきた私は、今まで、五通りの生産体制を見てきた。

労働基準法を無視し、ひたすら労働者に長時間労働を強いる事で、生産量を上げようとする『超・長時間体制』。
労働基準法で許される限界の時間まで働かせ、さらに一部に夜勤組を設ける事で効率を上げようとする『長時間体制』。
二交代で、労働基準法を無視し、労働者に毎日4時間の残業を強いる事で、ほぼ24時間生産を続ける『二交代制』。
三交代で、常に24時間生産を続ける『三交代制』。
四交代で、同じく完全な24時間生産を続ける『四交代制』。

上記の『超・長時間制』『二交代制』は違法だが、労働基準法を無視する会社など、少しも珍しくない。
私が経験した中で、一番多かったのは合法ギリギリまで働かせる『長時間制』を取る会社だ。これが最も一般的だろう。
だが、最も効率が良かったのは、この一般的な『長時間制』でも違法な『超・長時間制』でもなく、『三交代制』と『四交代制』だった。
この生産体制の効率の良さは、他とは比べ物にならなかった。
そして、『三交代制』と『四交代制』では、『四交代制』の方がさらに上回っていた。

24時間生産を続ける事が可能である以上、『三交代制』と『四交代制』は効率が良くて当たり前だ。
ならば、同じ24時間稼動でありながら、なぜ『四交代制』の方が『三交代制』よりも勝るのか?
その理由は三つあった。


<第一の理由: 四交代制は、本当の意味で24時間稼動できる>

『三交代制』といっても、完全に24時間生産を続けている訳ではない。
機械はフル稼働しようとも、労働者には休息が必要だ。
朝・昼・夜の班ごとに、食事を取る為の休憩の他、小休止を与えてやらねばならない。
仮に、休憩が1時間、小休止が10分(一時間休憩の前後に二回与えられるとすれば、計20分)与えられるとしよう。
合計すれば、一班に付き、1時間20分の休憩時間が存在する事になる。
朝・昼・夜の三班では、合わせて4時間だ。
言うまでも無く、休憩時間とはイコール“生産を行わない時間”だ。
そう。『三交代制』は、実際には24時間フル稼働している訳ではなく、生産が行われない時間が一日数時間ずつ生じているのだ。
しかも、この場合では、一日四時間も“生産を行わない時間”が生じる事になる。

これに対し『四交代制』は、長い休憩時間を必要としない。何しろ四つの班で、交代で六時間労働を行うだけなのだから。食事は、勤務時間の前後に取らせれば良く、小休止を二回与えてやるだけで十分だ。
10分の小休止を二回与えてやるとすれば、一班に付き、20分の休憩時間が存在する事になる。
四つの班で、合わせて1時間20分だ。
そう。『四交代制』では、“生産を行わない時間”がはるかに少なくて済むのだ。

生産が行われない時間が、一日4時間生じる『三交代制』。
生産が行われない時間が、一日1時間20分生じる『四交代制』。
日が経つ毎に、この差は大きくなって行く。
週五日制だとすれば、一週間で20時間と7時間の違いに。一ヶ月で、80時間と28時間の違いに。一年で960時間と336時間の違いに。日数で計算すれば、年に40日と14日もの違いが生じる。
実に、『三交代制』と『四交代制』では、生産日数に一ヶ月近い開きが生じる事になる。
それに『四交代制』では、一斑内で小休止を交代で取らせれば、休憩によって生じる生産の停止を完全に無くす事もできる。
『四交代制』は、本当の意味で24時間生産が可能なのだ。
これが『三交代制』よりも『四交代制』が勝る最大の理由だ。


ちなみに、
「短時間労働で済む四交代制なら、小休止すらいらないだろう」
「小休止も節約すれば、もっと効率が上がる」
と考えられる人もいるだろう。しかし、小休止は必ず必要である。
小休止は、体を休ませる為だけに存在するのではない。仕事と休憩時間のケジメを付ける為にも必要な時間だ。
小休止を設ければ、労働者は便意をもよおしても、体調不良で薬の服用が必要となっても、なるべく休憩時間に済ませようとする習慣が生まれる。
しかし、小休止を設けなければ、労働者は好き勝手にトイレ休憩を取り出し、大した事もないのに体調不良を理由に薬の服用を言い出し、その度に作業が中断してしまう事になる。
中には、トイレと称して、そのまま勝手に小休止を作ってしまう者も出始める。
特に、年配で熟練の労働者は、「当然の権利だ」とばかりに仕事が一段落する度に堂々と休憩を作ってしまう事も多い。相手が年配で熟練者であるだけに、下級管理職らも注意しづらく黙認してしまいガチだ。
休憩時間と労働時間のケジメを付ける為にも、小休止は必要である。
それに誰しも家族や友人に何か問題が発生した時は、仕事に集中できぬものだ。そういう時に小休止があれば、その時間を利用して家族や友人らと連絡を取り、心配事を解消しておく事もできる。
だが、小休止が無くば、それすらも適わず、一日中仕事に集中できない状態が続いてしまう事になる。このような精神状態で仕事をされては、ミスの元だ。
そして何よりも、小休止無しでは、労働者の間に必ず不満感が育つ。不満感を抱いたままでは、人は勤勉に働くことはできない。
休憩と労働時間のケジメを付け、労働者に心配事と不満感を解消する時間を与えてやる為の時間が“小休止”なのだ。


<第二の理由: 四交代制は、欠員を直ぐに補充できる>

労働者とて人である。
病気や事故で出勤できない時もある。
労働者が一人欠勤すれば、その分、作業効率は落ちてしまう。
ところが『四交代制』は、この欠勤によって効率が落ちることは余りない。なぜならば、欠員を簡単に補充できるからだ。
方法は簡単だ。前の班から残業(三時間)をしてくれる者を一人、後の班から早出(三時間)してくれる者を一人募れば良い。
欠員によって生じた六時間を、前後の班の者が三時間ずつ分担する事で、簡単に補えるのだ。
『四交代制』は、もともと一人に付き六時間労働だ。三時間の残業や早出を行っても、一日九時間労働になるだけに過ぎない。大した負担にならない為、必ず応じてくれる者はいる。
むろん、九時間労働に過ぎないといっても、その間、飲まず食わずで働かせる訳にはいかない為、半時間だけでも休憩を確保してやる必要はある。だが、残業と早出に応じてくれる者が二名以上いれば、それすらも補える。
すなわち、一人に一時間だけ残業をさせ、その間に休憩を取ったもう一人が残り二時間の残業をすれば良い。早出の場合は、その逆の順で。

これに対し『三交代制』では、欠員によって生じる労働時間は八時間にも及ぶ。
これを埋めるには、前の班の者に四時間もの残業を呼びかけ、後の班の者に四時間もの早出を依頼せねばならない。
『三交代制』は、もともと一人八時間労働だ。これに四時間もの早出や残業を加えれば、十二時間労働になってしまう。
長時間労働を嫌い、誰も応じてくれない事がある。
この欠員を容易に補充できるという点も、『四交代制』の強みだなのだ。


<第三の理由: ミスを最低限度に抑える事ができる>

新人で社会経験の浅い者は、仕事で分からない事があっても、なかなか上司や先輩に質問しようとはしない。
社会経験の深い者でも、上司が好かない人だと、やはり進んでは質問をしたがらない。
そして、分からない事を分からないまま仕事を進め、気付かぬまま、延々とミスを続けてしまう事がある。
また、熟練者でも体調が悪く集中力に欠ける時は、ミスが続発してしまいガチだ。
こいうった場合、『三交代制』では、次の交代まで八時間ものあいだ、ミスが発生し続ける事になってしまう。
だが、『四交代制』であれば、最悪六時間で済む。
ミスが継続する時間を最低限度に抑えれるという点でも、『四交代制』は勝っているのだ。


以上が、『四交代制』が最も効率が良い生産体制である理由だ。
では、逆に最も効率が悪い生産体制とは、どんな体制だろうか?

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