DATE: CATEGORY:徒然のままに
ジブラルタル海峡を南に望む、スペインの商港ガディス。
紀元前、この商港の神殿を訪れたユリウス・カエサルは、アレクサンドロス大王の像を見上げると、涙を落として呻いたという。
「アレクサンドロスが世界を制覇した歳になったのに、自分は何一つやっていないではないか」

学生時代、この逸話を知った私は、不安を覚えた。
(彼と同じ年齢に達した時、私もカエサルと同じ台詞を吐くのではないか)
・・・・と。
どうやら、その不安は杞憂ではなかったらしい。
古代ローマの英雄のごとく、暖かい雫(しずく)が頬を伝う事はない。だが、満足感に満たされた吐息をこぼす時はとうとう訪れず、私はカエサルと同じ心境で溜め息を付かねばならぬようだ。
もっとも、“溜め息”なんて不愉快なジェスチャーをする気にはなれないが・・・。
そう思いつつ、椅子の背もたれに身を任せ、傍らの茶を口に含む。心ならずも、ぬるま湯が喉を過ぎ去った所で、自然と溜め息がこぼれ落ちてしまった。
不愉快なはずの溜め息が、茶の暖かみのお陰でひと時の安堵の吐息のように感じられる。

自分の手をじっと見つめ、肌の潤いが健在である事を確かめる。片手で髪を掻き上げ、まだ頭髪が艶やかなままである事に安堵する。老けたとは感じない。でも、もう若者じゃなくなろうとしている。
そして、若者じゃなくなろうとしているのに、私は何一つ成し遂げてはいなかった。




2ch被害を受け、人生を失って以来、十年近い歳月が経とうとしている。
反2ch活動を始めてからは、四年余りになるだろうか。
反2ch活動に身を投じている間に、私は余りにも長い歳月を無駄にしてしまった。
将来の為に、三十までには“資格”を幾つか習得するつもりでいた。だが、“つもり”でいた資格とやらは、未だに私の履歴書には掲載されていない。
この数年間の間、ゆっくり勉強に打ち込めた時があっただろうか?
昼は働き、夜はネットで活動。休日は、私に残された最後の趣味である武道をやるか、ネット活動に費やすかのいずれかだ。
時間を作る為に人付き合いを断ったのは、何年前の事だったろうか?
大好きだったはずの文学小説の山は、既にホコリをかぶって久しい。
代わりに私の手元には、法律やセキュリティーの本が積み上げられている。
いずれも反2ch活動に必要な知識を得る為の本であり、それ以外では不要な本だ。
webに別館サイト(反日勢力撃退用・HTML版資料館)を立ち上げてからは、部屋の本棚の様相もずいぶんと変わってしまった。
棚一杯にひしめいていた文庫本は姿を消し、近現代史、法医学、武道、捕縄術、軍隊格闘術、刀剣に関する本が整列している。いや、整列せずに本棚の足元にまで溢れている。
他にも納まりきらない書物が、部屋のあちこちで小さな塔を築いている。いや、こっちは週刊誌だが・・・・。

髪を掻き上げた手を頭から降しもせずに、冷めた心地で本棚を眺める。
一体・・・・何をしているのだろうか?
典型的な氷河期世代。フリーター生活を余儀なくされている私には、こんな本を読んだ所で何の役にも立ちはしない。
ここ数年間、平均睡眠五時間を理想としてきた。だが、ネット活動や読書に時間を取られ、時おり睡眠時間が三時間になったり、二時間になったりする日々を送っている。
役に立たない事に時間を費やし、役に立たない勉強に励んでしまっている。

カエサルは嘆いた。
「アレクサンドロスが世界を制覇した歳になったのに、自分は何一つやっていないではないか」
ならば私は
「アレクサンドロスが世界を制覇した歳になったのに、自分は、自分の人生に役立つことすら一つもやっていないではないか」
と、涙と一緒に床に突っ伏すべきだろうか?


昨年、働いていた会社が新卒の正社員を三人入れた。その代わりに、私を含む派遣社員全員が契約を切られた。
直ぐに新しい仕事を見つけたが、勤務時間が一定しない陰で、ずいぶんと生活リズムが狂い出した。
勤務時間が昼になったり夜になったり。夜勤明けに、四時間の残業が続いたり。
さすがに不摂生が祟ったらしく、今年に入って四度寝込んでしまった。
病に侵されようとも意地で出勤。それで体調を悪化させ、結局次の日は休んでしまう。
休めば、休んだ分だけ収入が減り、サイトの運営費もまかなえなくなってしまう。
損を取り戻そうと、残業を重ね、昼食代を節約する。そしたら、また体調を崩し寝込んでしまう。
この悪循環が定着しつつある。

今まで私は、反2ch活動が無事終了すれば、この役に立たない勉強の日々と狂った生活から解放されるものと信じていた。
だが、最近は、それも確信が無くなった。
おそらく2chが閉鎖しても、私は似たような日々を送っている事だろう。
本館の更新を停止した分、別館の活動に力を入れる事だろう。
そう。私にはもう一つ活動があるのだから・・・・。

ここ十年以上もの間、歴史問題が大火となって、隣国から祖国に燃え広がっている。
だが、消火能力を持つはずのお歴々の先生がたは、その大火を対岸に眺めるだけだった。
出典がろくに記されていない学術書を書き、あるいは、こちらの岸でのみ発行される保守雑誌に意見を載せ、対岸から「火は不審火だ。放火犯は隣国の方だ」と叫ぶだけで、向こう岸に渡河してまで消火に努めようとされる方はほとんどいらっしゃらなかった。
お陰さまで、我々の母屋は炎に包まれ、その修復費が次世代にタップリと利子を付けてのしかかってきている。
もう、これ以上、炎を野放しにする訳にはいかない。これ以上、修復費を増やす訳にはいかない。
私たちの代で消火し、債務を完済しておかねばならない。
だから私は、反2ch活動が終わった後も、戦い続ける事だろう。
この狂った日常から解放される時など、はたして訪れようか?




まだ若々しさを残した肢体。
だが、この体は二本の鎖に繋がれ、自由に生きることは許されない。
いや、「自由に生きられない」なんてのは少し大袈裟だろう。そんなご大層な使命を背負っている訳じゃない。
ただ、若者らしく自由に遊べず、自分の将来の為に尽くす事もできず、そのまま歳を取ろうとしているだけだ。
たったそれだけの事だ。でも、それだけの事が苦痛なんだ。

もう少しすれば、片方の鎖は断ち切れるかも知れなかった。2chという鎖だ。
この鎖が音を立てて砕け散った時、私はようやく自身の為に活動する事ができる。
私の実名と共に2chの過去ログに残された悪夢が消え去れば、私は、どこの会社にも堂々と面接におもむく事ができる。
あの時のように、もう2chに就職先を潰される事も無い。
私は、ようやく低所得の生活から抜け出し、安心して就職活動に望めるのだ。
もっとも、この田舎で、そしてこの歳では、大した職には就けないだろう。
この日本では、派遣社員やフリーターはどんなに働いても、職歴として認めてはもらえない。だから履歴書には、私たち氷河期世代が積み重ねてきた経歴を記入できる欄はない。
私が求職活動を始めた時、大学を卒業してから十年近くにも及ぶ年月は、全て空白という形でのみ履歴書の中に存在する。
もちろん、反2ch活動も、その活動の上に積み重ねてきた努力も、全ては無かった事になる。
それでも、妥協すれば地元の小さな会社にくらいは就職できるだろう。
それだけで十分だ。収入が少なくとも、不安定な足元が落ち着きさえすれば、それでいい。
それだけで苦痛は半減してくれる。




五、六年前、「若者の多くがフリーター化している」という話を聞きかじった時、私は日本の将来は明るいと思ったものだった。
新卒で正社員雇用され、そのまま歳を取り、“年配”と呼ばれる世代になってからリストラされ、私たちと同じ派遣会社に流れてきた人たちが大勢いる。
新卒で採用された後は、そのまま終身雇用。そういう時代を生きてきた彼らが通じる職能は、一つか二つ程度に過ぎない。
私たちよりも二倍以上の人生を送っていながら、自分がリストラされた職業以外は何も経験がないという人がどれほど多い事だろうか。
幾つもの職種を経験し、幾つもの経営スタイルを体験し、色んなタイプの人間を見てきたフリーターに取って、彼らは余りにも“無知”で“世間知らず”だった。
だからこそ「若者の多くがフリーター化している」という話を聞いた時、日本の将来は明るいと思った。
それは、幾つもの職種に通じ、幾つもの経営スタイルを見てきた経験豊富な若者が増えているという意味なのだから。
将来、そんな私たちが、適齢期に達して正社員雇用されれば、日本は“今までに無い戦力”を得る事になる。
そう思い、日本の未来に期待していた。
だが、フリーター生活を始めて十年近く経った今、私は、自分の浅はかさに自嘲せずにはいられない。
確かに経験豊富なフリーターは増えた。しかし、フリーターが今までに無い“戦力”だと気づく経営者は、最後まで増えなかった。
昨年の9月25日、産経iza(webニュース)で、こんな記事を目にした。



>「再チャレンジ」年長フリーター対策で官民に温度差

>今週発足する安倍政権が重要施策に掲げる「再チャレンジ支援策」のひとつである25潤オ34歳で定職に就かない「年長フリーター」の正社員化をめぐり、官民の温度差が際立っている。政府側の意気込みをよそに、日本経団連の調査では、年長フリーター採用に前向きな企業はわずか1.6%で、24.3%は採用する意思がなかった。新政権がどこまで企業の理解と協力を得られるのか。実行力をはかる試金石になりそうだ。
>年長フリーターの正社員化支援をめぐっては、安倍晋三・自民党新総裁が官房長官として議長を務めた再チャレンジ推進会議が、新卒だけでなくフリーターや第2新卒にも門戸を広げる「複線型採用」の導入や、採用年齢の引き上げなどを訴えている。また、政府も日本経団連や日本商工会議所に中途採用の拡大を要請。厚生労働省でも来年度予算で26億円を新規要求し、対策を練っている。
>しかし、日本経団連のある会員企業の人事担当者は「ずっとフリーターだった若者を一から教育する考えはない」と突き放しており、新政権の真価が問われそうだ。

<産経iza 2006/09/25より転載>



フリーターを十年前後もやってきた人間ならば、どんな職業にだって対応できる。
そこらの年配の人々よりも、はるかに世間の事を知っている。
その経験豊富なフリーターが、なぜ、一から教育してもらわねばならないのか?
いや、会社によって方針も規則も異なる。だから初めの“一”の教育は必要かも知れない。でも、残り“二から十まで”の教育は、既に経験済みだ。
日本を代表する経団連の人すら、フリーターを“教育が必要な人材”だと思い込んでいるらしい。これじゃ一般の経営者が、その“新戦力”に気づくはずがなかった。

私も、複数の職業を経験し、十種類近い職場を見てきた。
接客、配達、警備、事務、肉体労働・・・・。
学生時代のアルバイトも入れれば、軽く十を越える。
お陰さまで、ずいぶんと勉強になった。
各職種の内情はどうなっているのか?
どんな経営スタイルが生産を向上させるのか?
気難しい客はどうあしらえば良いのか?
どういう会社が、社員に勤労意欲を与え、あるいは失わせるのか?
どんな上司が嫌われ、どんな上司が好かれるのか?
ダメな後輩は、どう扱えば良いのか?
いろいろ学ぶ事ができた。
しかし、その経験も履歴書には記載されはしない。就職活動でも評価されはしない。
結局は、全て無かった事になって終わる。
田舎の小さな会社に就職した後は、私は自分の経験をほとんど活かす機会に恵まれないまま、年老いてゆく事だろう。


でも、それでは少し惜しい気がする・・・・。
せっかくブログを持っているんだ。少しくらい、自分の経験を文字に興してみても良いかもしれない。
履歴書には書く場所が無い自分の経験を、不定期にここに綴ってみるのも良いかも知れない。
そうだ。
更新をさぼっていたブログに、一つネタを増やしてみよう。
「フリーターの経営学」とでも称して・・・・。


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DATE: CATEGORY:徒然のままに
たった今・・・・黄ばんだ数十枚の紙束を破り捨てた。
納めていた封筒ごと、ズタズタに破り捨てた。
その手で、今、PCをタイプしている。
動揺が収まらず、この数行を書き綴るだけで、何度もタイプミスを繰り返している。


このブログの冒頭に書いたように、私はこの数年間を疲労の中に埋もれて過ごしてきた。
逆らえぬ濁流に堕ちて以来、そこから抜け出す事よりも、その流水を浄化する事を目指してきた。
私が、そんな目標を掲げ、苦痛にもがきながらも泳ぎ続ける事ができたのは、この胸に抱(いだ)いた二つの希望のお陰だ。
その希望が浮き袋となって、私を支え助けてきた。
この浮き袋さえあれば、いつか、無駄になった年月を取り戻せると信じていた。
高齢の祖父を安堵させてやれると思っていた。
苦しい生活を送っている弟夫婦を助けてやれると思っていた。
だが、今、私の浮き袋は水底に沈んでしまっている。


私の希望とは、2ch打倒後、暖め続けてきた二つの事業を始める事だった。
その一つが、IT事業だ。
セカンドライフというものをご存知だろうか?
アメリカのリンデンラボ社が開発した3Dのバーチャル空間だ。
ユーザは、この世界に3Dキャラとなって参加し、現実で出来る事のほとんどをこなす事ができる。
それは単純なコミュニケーションから、仮装不動産の購入、他ユーザとの売買取引、自営業に至るまで多岐及ぶ。
稼いだマネーを現実の利益に還元し、巨万の富を得る事だって可能だ。

私がまだインターネットの事を良く知らなかった頃。私は、インターネットとは、このセカンドライフのような世界だと思っていた。
当時、TVで見た3Dのポストペットの存在が、私にそんなイメージを抱かせていたのだ。
だが、学生となって大学のPCからwebの波へと初めてダイブした時、その波の下に広がっていたのは、形ある竜宮城ではなく平面の画像によって構成された余りにも単純な世界だった。

「これなら、私が想像していた世界の方が面白いじゃないか・・・・」

ポストペットが成功したくらいだ。ならば、現実の世界をそのままweb上に3D世界として再現し、ユーザが生活やビジネスを送れるようにすれば面白いじゃないか・・・・。
そう思い付いた私は、想像を膨らませ、それを事業として展開する事を夢見ていた。

「2ch打倒が終わったら、ITの勉強を始めて、これを実現してみよう」

そのアイデアが、前述のセカンドライフという形で、既に実現している事を知ったのは数週間前の事だ。
2chに囚われ続けていた私は、愚かにも、コンビニエンスストアで何気に立ち読みした週刊誌を開くまで、既に自分のアイデアと同じものが作り出されている事も、それが成功を収めている事も知らなかった。
セカンドライフが開発されたのは2003年。
思い付いた時が、それよりも数年早くとも、実行するのが遅すぎた。
どうやら私のような凡人が思いつくアイデアは、時さえ経てば誰にでも思いつくらしい。
私は、2chの濁流を泳ぎ続ける内に、とっくの昔に大事な浮き袋を一つ失っていたのだ。


だが、それは数週間前の話だ。浮き袋を一つ失っても、私は今日のようなショックを受けはしなかった。
もう一つ、心に暖めていたアイデアが・・・浮き袋があったからだ。

車の免許を取って間もない学生時代。
まだカーブすら曲がるのが苦手だった私は、ドライブに出る度に、その白い車体に幾つもの黒く擦れた傷を負わせていた。
か弱い軽自動車が、半年も経たぬ内に、どこの戦場から帰って来たのかと思えるほど野性的な姿へと変貌していた。

時は既に21世紀だ。
なぜ、この時代になっても擦れば傷付き、当たればくぼみ、人を轢けば死なせてしまう車を作るのか?
なぜ、21世紀になっても、19世紀の車と同じ欠陥を有しているのか?
己の運転技術を棚に上げ、私は、自動車の未発展ぶりに憤慨した。

「今の時代の技術なら、そういう車だって作れて当然だろ!?」

そう思った時、私は机の上にあった方眼用紙にペンを立てていた。
常人ならば己の運転技術を向上させる為に努力する。だが私は少し変わっている。
図書館から借りてきた工学の本を横に積み重ね、私は自分のアイデアを用紙の上に形作ろうとした。
気づけば、十数枚の方眼用紙に手書きの図面が引かれ、それに汚い字で細かな解説を書き込んだルーズリーフが加わっていた。
どれほどの期間が掛かったかは覚えていない。いや、全体の期間は二年ほどだ。
ただ、書いたり書かなかったりを続けた為、実際に有した日数は覚えていない。
だが、大学の四年生の中頃には、「傷付かない・凹まない・死なせない」をテーマにした、新しい車体の図面と論文は出来上がっていた。

子供の頃から、興味の向いた事に想像をめぐらし、自分で研究するのが好きだった。
わざわざ図書館から資料まで持ち出し、より現実的なアイデアをノートの上に延々と書き連ねる作業が好きだった。
(その時の習性が、今ではプロパガンダ写真館の鑑定活動に役立っている)
TVゲームも、漫画もいらない。ノートとペンさえあれば、一日中楽しめる子供だった。
時おり、ノートの上に書き連ねたアイデアが、工作という形になって部屋の片隅に転がる事もあった。だが、ほとんどは趣味の範疇で終え、最後はノートと共にアイデアはゴミ箱へと捨てられるのが常だった。
大学を卒業した時、このアイデアだけは、ゴミ箱に捨てる気はなかった。
書類を整頓し、本気で特許を申請するつもりでいた。


書類の整頓を終えた数年前、特許について調べた。その時、特許を申請すれば、発案者の実名がweb上に公開されてしまう事を知った。
私はすぐさま、2chの削除依頼板に削除願いを出した。
卒業間際、2chがターゲットにした企業の関係者と間違われた私は、耐え難い被害を受けた。
彼らの手によって、私は詐欺師の関係者に仕立て上げられてしまっていた。
今も検索を行えば、中傷スレッドと共に私の実名がweb上から検出される有様だ。
実名が晒されているだけで、身元まで晒されている訳ではない。だが、スレッドに書き連ねられた手がかりをたどれば、私の身元を特定する事はたやすかった。
発案者としてweb上に名前を公開されれば、必ず、発案者が何者なのか実名を手がかりに検索を試みられる事だろう。
それは同時に、2chで詐欺師と流布された人物とアイデアの発案者が同一人物である事が、知られてしまうという事だ。
2chから私の実名を削除してもらわねば、私は事業を興す前に信用を失ってしまう事になる。

必死の嘆願にも関わらず、私の削除依頼は冷淡に却下された。
当時、削除人のリーダーを勤めていた削除○の冷たい返答を浴びた私は、2chが潰れるまで特許の申請を見合わせる事にした。
私は、申請する予定だった分厚い資料の束を大型封筒に納め、本棚の中にしまった。


それから数年経った今・・・・。
その資料の束は細切れとなって、私の部屋の床に散らばっている。
怒りと絶望感で、私の指は震え続けている。

先日、この動画をみた時、私は激しいショックを受けた。


バンパー部分で、完全に衝撃を吸収する・・・・。
そのアイデアは、まさに床に散らばっている紙片に描かれたものと同じだ。
どんな車にも設置できる“外付け式”のバンパーを考えていたという違いがあるものの、発想は同じだ。
バンパーだけでなく、エンジンの火災対策、パンク対策、接触傷対策・・・・他にも幾つか考えていた気がするが、一番、私が詳細に設計していたのはバンパーだ。
そのアイデアが、濁流の中を泳ぎ続ける為の、私に残された最後の浮き袋だった。
だが、その浮き袋は今、音を立てて破裂した。


思えば・・・・私の人生は、削除人・削除○の冷たい「却下」の一言によって狂い出した。
2ch被害を受けた時、特許申請の為に実名削除を依頼した時、就職活動の為に実名削除を嘆願した時、私に「却下」の言葉を浴びせてきたのは、常にあの男だった。
今は削除人を引退した“あの男”だ!!
あの男の一言によって、私は濁流に蹴落とされた。這い出そうと川岸につかまる度に、私は、あの男に濁流へと戻された!


削除○、見ているか・・・・!?
何ゆえに貴様が、私の人生に介入し、私の運命を狂わす権利を有するというのか!?

もしも、私が熱心な仏教徒ならば、現世の業となった己の前世を悔やもう。
もしも、私が敬虔なクリスチャンならば、これを神が与えたもうた試練として受け止めよう。
もしも、私が君子ならば、己自身のふがいなさを省みよう。

だが、私は無宗教家だ。君子ではなくただの凡人だ。
ゆえに、私は貴様を怨む。

削除○よ、思い知るがいい・・・!
貴様が無情の心を持って頭上に投げ捨てた石くれが、落下と共に貴様にいかなる運命をもたらすか、その身を以って思い知るがいい・・・!
お前が私にしたように、私も必ずいつの日か、同じ運命を貴様にもたらす事だろう!
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